2003年08月29日

トニー・ブレア@ハットン・インクワイアリー2

28日,ハットン・インクワイアリーでのブレア首相の証言より。(1つ前の続き。)その書類は,情報機関のスカーレット(26日に証言:このページの29から後の段落このページ参照)を責任者とし,官邸からキャンベルの助言を得てまとめられ,2002年9月24日に発表されました。(当時の日本での記事の一例

キャンベルという人は,「情報をsex upしろ」と指示した当人であるとの疑惑の渦中にある人物。ブレアのスピンドクターです。

2003年8月28日のインクワイアリーで,ブレア首相はその書類がどのようにまとめられたのかを語っています。

そして,問題の「イラクの大量破壊兵器は45分で使用可能」については,「9月10日に見せられた草案でその記述を見たかもしれない」とブレア首相は証言しています。ブレア首相にとっては,この10日の草案が初めて目にする“書類”であり,つまり,発表の2週間前に初めて首相に示された草案に,「45分」はすでに入れこまれていたということになります。

このあと,インクワイアリーで証拠として参照されているスタッフのメールを読んでいると,編集会議で企画の草案について「もっとこういう視点でさぁ」とか「具体性が欲しいよね」とか言い合っているのとそっくりです。おそろしいです。

真実はひとつかもしれない。だけど,それをどう言うか,どういう形にするか,それによっていかようにも変わる。製作者の意図が一切入らない形というのはありえない。

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話がわかりにくいので,参考までにタイムラインを。BBCのhttp://news.bbc.co.uk/1/hi/uk_politics/3164467.stmにあります。
2002年3月ごろ:「4ヶ国」に関する書類がボツになる
2002年9月3日:ブレア首相,「イラクのWMDについての書類が明らかにされる」との発言
2002年9月5日:官邸のアレステア・キャンベルを議長として,書類に関する初めての会合
2002年9月9日:情報機関のジョン・スカーレットとキャンベルの打ち合わせ
2002年9月11日:ブレア首相,書類を見る
2002年9月12日:情報機関上層部,書類に盛り込むには「あまりに機密事項」である項目を示す(誰に?)
2002年9月16日:書類につける首相の序言の下書きが完成
2002年9月17日:官邸のchief of staffであるジョナサン・パウエル(Jonathan Powell)がイラクがすぐに英国を攻撃するわけではないとはっきり示すよう警告
2002年9月24日:書類発表

書類そのもの=http://news.bbc.co.uk/nol/shared/
spl/hi/middle_east/02/uk_dossier_on_iraq/html/full_dossier.stm


当時の私のメモ=このページの25番,31番,32番
posted by nofrills at 17:32| todays_news_from_uk/about_Blair | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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