2003年11月06日

80年代リバイバル?と選挙。

今80年代がナウい。洋服屋とかでも80年代テイストのものをよく見かける。時代は今レッツ80年代,なんちゃって〜,な感じである。

ナウなヤングのブティックが80年代だったり,100円ショップのBGMがなぜかチャカカーンやシーラEだったりするのはおそらく人畜無害だろうが,ちょっと「うーむ」な80年代もある。最初に要約しておこう。っていうか他サイト/ページさんを示す。(しかも孫引き。ああ手抜き。)
JAcom農業共同組合新聞>どうか、早くご退陣を!小泉構造改革は今――(上)
(2002年,「骨太の方針第2弾」についての三輪昌男國學院大名誉教授の記事)
ちょっと引用:
日本通のロンドン大学ロナルド・ドーア教授が、こんなことを書いている。
 世界的に「市場原理主義的な新自由主義の潮が満ち、『公共性再確認』の新たな潮の流れが始まった」。英国では4月にブレア政権が「医療制度を中心とする公共施設増強を約束した」。
 ところが「日本は今」、英国より20年遅れて「いよいよ新自由主義の天下になろうとしている。公共部門の重要性を再確認する日は、いつ来るだろう」(『西日本新聞』02年4月23日付)。


以下,かなり行数を使って,「20年遅れ」の「新自由主義」について,さらに自民党の政策のひとつである「官から民へ」について,自分用に考えをまとめながらメモってみた。(これについて既に何らかのアイディアがおありの方は,こんなものよりも各政党の「マニフェスト」を実際に読むなり,掃除をするなり,寝るなりして,時間を有効に使ってください。)

■80年代=東西冷戦,英国のサッチャー,米国のレーガン,日本の中曽根。

太平洋のあちらとこちらとの間で「自動車摩擦」だの「牛肉・オレンジ」だのが飛び交い,「日米運命共同体」「不沈空母」といった漢字の文字列が新聞を賑わせていた80年代。

1981年,ロナルド・レーガンが米大統領になった。1982年,英国首相マーガレット・サッチャー(任1979〜90)はフォークランドに英軍を送り込んだ。同じく1982年,鈴木内閣の後をうけて中曽根内閣が成立した。

1980年のモスクワ・オリンピックは,79年のソ連(当時)によるアフガン侵攻に抗議する形で「西側」諸国はボイコットした。次の84年のロサンゼルス・オリンピックは「東側」がボイコットした。

米国は財政・貿易の「双子の赤字」を抱え,1985年,ニューヨークのプラザホテルに集まった英・米・仏・西独(当時)・日の蔵相・中央銀行総裁は,ドル安のための協調介入に合意した。「外圧」で「内需拡大」を求められていた日本は,プラザ合意の結果の円高もあり,じゃんじゃん買ってじゃんじゃん使い,やがてバブル景気を迎えることになる。

などとわかったよーなことを書いてるけれど(誤りがある可能性があります),そのころ私は受験戦争でひいこら言っていた。やがて大学に入り,受験に必要なことしか知識として備えていなかったために先生を呆れさせる「近頃の若い者」のひとりとして居座りながら,ケインズの理論の説明を含む戦間期〜戦後米欧関係の英語の書物を,必死になって読んでいた。

■新自由主義
「ネオ・リベラリズム」「小さな政府」,「民営化」,「規制緩和・民間参入」,「市場に任せる」。基本は,強い者が生き残ること。

例えば,私は数学(むしろ算数)の能力が著しく劣っている。私の中の数学ちゃんは弱者である。この弱者に栄養を与えて育ててあげるには,ものすごくたくさんのエネルギーを要する。そのエネルギーを,私の中の強者たる英語ちゃんに与えれば,英語ちゃんはもっと強くなって,そして私は全体として強くなる。だから,私は自分の持つエネルギーを最も効率よく利用することにし,私の中の数学ちゃんを切り捨て,英語ちゃんを育てることにした。弱っちい数学ちゃんは,生き残るだけの力が最初からなかったんだ。英語ちゃんがいてくれれば,私は他の人との競争にも負けない――新自由主義のやることは,多分,こういうことだ。

2001年に発足した小泉内閣の「構造改革」,「カイカクミンエイカ」(「改革」+「民営化」),「規制緩和」などなどは,絵に描いたような新自由主義の主張である。(参考

ここに決定的に欠落しているのは,「民営化して自由競争にさらせばもっとよくなる,もっと強くなる」という前提への疑問だ。角度を変えれば,日本の景気が悪いのも官僚の天下りがなくならないのも族議員が跋扈するのも電信柱が高いのも郵便ポストが赤いのも,全部民営化されていないからなのよ,ということを言われて,そして納得してるようなものだ。

で,「民営化すればよくなる」という根拠は?

■自民党の「マニフェスト」

自民党のいわゆる「マニフェスト」のトップは,「『官から民へ』 民間にできることは民間に」という項目である。http://www.jimin.jp/jimin/jimin/sen_syu43/sengen/01.html

例として,公共事業に関する部分を見てみよう。
(3)公共事業のコスト改革による歳出の効率化
●民間と比べて高止まりしている公共事業コストを、民間のコスト削減手法等を参考に見直しを徹底し、ムダを省き効率化する。


ここ1週間で,テレビなどで「公共事業の無駄」というフレーズを何度も耳にしている。自民党の「マニフェスト」で「公共事業」と「ムダ」という2語が一緒に出てくるのは上に引いた部分だけのようだ。

ということは,自民党にとって,公共事業に関しての「なくすべき無駄」とは,「コストの無駄」と読める。(なお,民主党が語る「公共事業の無駄」とは「作っても意味のないダム」などのことであるらしい。同じ「公共事業の無駄」といっても,表されている中身が違う。)

再度原文を参照。「公共事業コストを……ムダを省き効率化する」。一見さくっと読み流してしまいそうな文だが,じゃあこれを英語に直せと言われたらかなり困る。「ムダを省き」と「効率化する」の関係がわからないのだ。単にandでつなぐのか,それともso thatか何かを使うところなのか?

そう,実はこの文はとてもわかりづらい。曖昧だから。

ともあれ,「コストの無駄」の削減なら,「民営化」などという大げさなことをしなくてもできるだろう。

以下はseironさんを参考資料とさせていただく。(「マニフェスト」の日本語を見ていると頭が痛くなる……すみません。今ちょっと仕事で解釈の揺らぎの余地のない厳密な日本語を書くことをしているので,切り替えができません。)

民営化を説いている箇所をもうひとつ。「民営化をして民間企業と同水準の情報開示・経営監視機能を導入することで……」⇒前後を入れ替えて「情報開示・経営監視機能のためには民営化が必要である」と読み替えると,何かおかしい。

それは,民営化せずに実現することはできないのか?

民間企業であれば,例えば組織再編など大掛かりで抜本的なことが検討される場合,「それを行わなくても目的が実現できる可能性はないか」を探る。大掛かりで抜本的なことを行うには,金銭も時間も人的エネルギーも,あらゆる方面の「コスト」が必要だ。その「コスト」に見合うだけの効果があるのかどうかを,「〜して…する」とあっさり流す前に,じっくり検討する。

要するに,自民党があっさり書いていることは,何かが根本的におかしい。「民間」の発想ってこんなんでしたっけ? あらゆる可能性を検討する前に何かを実行する?

話が飛躍する(だから論理的におかしいかもしれない)が,要はこの人たちは「小さな政府」の実現が目的なのだ。政府が大きいか小さいかは手段にすぎないはずなのに,それが目的となっている。だから論理的につめてみると整合性が取れない。おかしい。

本当に改革すべきは,官僚がプランニングして政治家がハンコを押すというスタイルや「利益誘導」と呼ばれる政治手法であって,官を民にすげかえることではないはずなのだが。
posted by nofrills at 21:13| election_2003 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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