2004年04月22日

ファルージャ

記事3つ。

http://www.indymedia.org.uk/en/2004/04/288801.html
http://www.indymedia.org.uk/en/2004/04/288802.html
http://www.indymedia.org.uk/en/2004/04/288804.htmlhttp://www.indymedia.org.uk/en/2004/04/288801.htmlの抄訳:この文面の文脈はわからないです。だれかに宛てたメールのようにも見えます。

投稿者リー・ゴードン/IMC−UKが再掲,10.04.2004 15:55
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昨日(4月4日),IMC−UKにイラクで活動中のジャーナリスト,リー・ゴードンからのメールがあった。
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始まった。しかし私は立ち会えない。「?」【←人名を伏せている】が,外国人が来るのは危険だと言っている。ファルージャの某師は私の身の安全を保証できないという。常軌を逸している。外国人も殺されることになるのだろうか。みなが自暴自棄になりつつあって,何を見ても,母親でも父親でも家でもネコでもイヌでも,とにかく何でも攻撃される。
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米軍は今回の作戦は5日間だけだと言う。米軍が集結して攻撃を開始する。だれも身の安全を保証されない。君がここに来れば役に立てるだろうが,1週間で戻るというわけにはいかない。私たちは明日殺されるだろう。ここに来なさい。でも私たちはもういないかもしれない。


http://www.indymedia.org.uk/en/2004/04/288802.htmlの抄訳:

ファルージャから,imc-ukの投稿,4月10日:
《IMC−UKからの連絡事項》
ファルージャ近辺の人たちから目撃情報が寄せられている。現在IMC−UKでは情報確認の作業をしている。情報はアップデートするのでチェックしていただきたい
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《報告》
自分たちの目で見てきたことだ。人々はファルージャを去るように告げられ,砂漠で身動きが取れなくなっているひとが数千人規模でいる。バグダッドに向かう人々の車列は13キロに及ぶ。米軍は爆弾を投下するなど,あらゆる武器で攻撃している。普通の家族を攻撃している。砂漠にいるのは子供たちや老人,女性ばかりだ。イラク人たちはこれらの人々を助けようとしている。
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ファルージャで米軍は病院を爆撃している。子供たちはバグダッドに疎開している。ある子どもは,家族・親戚25名を殺された。その子どもは入院していて,付き添いが必要だ。
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米軍はクラスター爆弾を投下している。3〜4メートル飛び上がる新型迫撃砲も使っている。空中から爆撃している。停戦したら乗りこむと言っていた。
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※この後,数文,theyの指示対照が不明のため今は日本語化しません。あとでするかも。
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24〜48時間以内に大きな攻撃があるだろう。街路という街路を捜索して攻撃するだろう。付近の村ですでにこれは行われている。村の名前は失念したが。
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助けを。抗議の声を。大使館へ抗議を。これは虐殺です。私たちには外国人が必要です。外国人なら何かできます。ジョー・ワイルディングさんたちが明日,米軍検問所に来ます。私たちはこの3,4日眠っていません。私たちに視線を向けてください。写真はあります,フィルムもあります。アル・ジャジーラに渡しました。アル・アラビヤにも。でもそれだけではなくほかにもお願いします。できる限りのことをお願いします。私たちは明日戻ります。


http://www.indymedia.org.uk/en/2004/04/288804.html抄訳:

バグダッドから,Paolaという人【←イタリアの名前ですね】の投稿,4月10日:
サドル・シティの例のシークは自らのことを「柔軟な」と言う。私は彼に会ったが,若くて頭のよい人だ。「柔軟な」というのは彼のイスラム解釈や道徳的行いについての定義が柔軟であることに由来している。実際サドル師はかなりリベラルだ。【←これはRaedとかの書いてることとは違いますね。】
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サドルは私に町を出なさいと言った。支持者たちをコントロールできなくなっているのだと。外国人は標的になると。6人の外国人が人質になっており,うち4人はイタリアの警備会社社員である。武器を満載した車から誘拐された。黒いユニフォームがあった。
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バグダッドは今日はわりと静かだったが,西部にあるアブ・グライブはそうではなかった。アブ・グライブには大きな刑務所があり,12000人が収容されている。米軍の輸送車列が攻撃され,9名の兵士が負傷,27名が誘拐された。マスコミはこれを伝えていないが,私はこれをある人物(名前を無断で明かすことはできない)から聞いた。
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米軍は救急車に発砲している。狙撃兵が救急車を追っている。
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ファルージャから脱出したがバグダッドに入ることもできない人々が砂漠にいる。まるで難民だ。イラク人は彼らにできる限りのことをしている。支援物資を届けるなど。
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私はここに残りたいのだがそうもいかない。Bridges to Baghdad【←固有名詞か?】の決定である。イタリア人にとっては状況は実に危険になっている。標的にされていることを感じる。イタリアは2500以上の兵隊がナシリヤにいて,何度もレジスタンスの攻撃を受けている。一度は警察署が攻撃され,4人の兵士と1人の民間人と1人のドキュメンタリー製作者,12人のカラビニエリ警察と8人のイラク人が死亡している。
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(?) 【←名前がわからない人】とリー【←人名】がよい仕事をしている。ファルージャに車で行き,人々を運び出して往復している。手が足りていないのだが,ここにいる私たちにはどうしようもない。状況は悪くなるばかりだ。
posted by nofrills at 08:12| voices_from_iraq | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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