2005年07月17日

「ロンドンのテロ」は今に始まったものじゃない。

さっきもNHKで,7月7日にロンドンで起きたことについてがっつり特集していましたが,この番組については再放送を待ってもう一度じっくり見てから書くかもしれません。(書かないかもしれません。)

まあいずれにせよ,「テロがロンドンにやってきた」的な視点があるんじゃないかという気がしてくる内容でした。まさか番組制作者のみなさんがIRAについて知らないわけじゃないでしょうけど,何と言うか,「ロンドンにおけるテロ事件」というコンテクストがすっぽり抜けているんではないかと。

2005年3月に成立したテロ行為防止法だってもちろん,そのコンテクストを抜きにして考えることはできないのですが。

(むろん,近年の例――米国の911,スペインの311やテルアヴィヴでの英国人の自爆,マイアミの靴爆弾など――が,2005年テロ行為防止法の背景にはあるわけですが。)

というわけで,「ロンドンのテロ」について何かまとめ的なものはないかなあと探してみたら……あったんですよ。インターネットという仕組みと,こういうまめなことをやる個人の存在に感謝したいと思います。私が検索に使用したのは,「"centre point" bomb london ira」。

center pointというのは,地下鉄トッテナム・コート・ロード駅の何番目かの出口の真上,ロンドンのトラファルガー・スクエアからまっすぐ北に行く道(チャリング・クロス・ロード)と,ハイドパークからまっすぐ東に進む道(オクスフォード・ストリート)が交差する地点にある高層ビルです。(正確には,地点から北は,チャリング・クロス・ロードはトッテナム・コート・ロードという名称に,この地点から東は,オクスフォード・ストリートはニュー・オクスフォード・ストリートという名称になります。)

1992年の10月,ロンドンがIRAの連続爆弾テロで交通機関が混乱していたとき(でも人々は特に反応はしてなかったですけどね),この高層ビルのエリアに爆弾が仕掛けられました。

オフィスビルとして建設されたこのビルは,どういう理由でかずーーっと空き家のままで(建物を建てた不動産王の税金対策で入居者を入れていないとかいう噂があった),つまりこのビル自体は別に狙う意味もないし(バルティック・エクスチェンジとかとは違って),このビルに通う人々を狙うということは成立しない。近辺を歩いているのは,大方,そのエリアの勤め人や買い物客,観劇に出かけた人たちです。もちろん,政治・金融の重要な地点ではないです。

買い物客は,たとえば,オクスフォード・ストリートでいろんなものを買う(東京で言えば新宿通りって感じ),チャリング・クロスで古本や楽器関係のものを買う,トッテナム・コート・ロードで電気製品を買う,といった感じでしょうか。また,この現場からSOHOの劇場までは5〜10分で歩けます。ライヴハウスのアストリアも目と鼻の先です。そういうエリアです。92年の記憶をたどると,背広の人よりジーンズにセーターの人の方が多いエリアだったと思います。

このセンターポイント・ビルのエリアが,IRAにやられたのは,ちょうど私がロンドンにいたときでした。だから知ってるんですけどね。

その日私の帰りが遅かったのですが,フラットに帰ると,同じフラットの住民たちが「巻き込まれたんじゃないかと心配だった」と言ってくれました。私としては,そういえば封鎖してたかも,程度で,まさか爆弾がとは思ってなかったのですが,住民たちの話ではけっこうでかい爆弾だったらしいとか,新聞もでかでかと書いているとかで(そのフラットにはテレビがなかったのでテレビでの報道はわかりません),予告電話だけじゃなくほんとに爆発したんだ,けっこう大きい爆発なんだね,とか話していたわけです。

余談ですが,日本で親が心配しているかもしれないと思った私は東京の家に電話をしたんですが,親は「知らないよ」とか言うんですね。で,あんた大丈夫なの的雰囲気になったので,こっちは慌てて「まあそんなの日常茶飯事だからさ,あっははは,あ,もうお金が切れる。じゃね」とplay downしたわけです。日本ではまったく報道されてなかったんですね。何日も連続でIRAの爆弾が市内のどこかで爆発していたのに。

ま,結果的にその爆弾は,何枚ものガラスを粉々にして一帯を普通に混乱させたけれども,重大な事態にはならなかった。だから,今となってはあんまり記録が見つからない。

この事件が書いてあるものなら,当時のIRAのロンドンでの爆弾テロについて,詳しく書いてあるだろう,ということで,「"centre point" bomb london ira」で検索してみたわけです。

そしたら,あるもんですねぇ。すぐには見つからなかったけど。

発見場所は,Telling it like it isというウェブログの7月7日記事。このウェブログは米国ユタ州のソルトレイクシティ在住のクリスさんのウェブログ。彼は英国人もしくは英国出身(だと思う,別の記事から判断して)。

そしてこのリスト,長っ! 要旨だけ日本語にして引用します。

Friday, September 30, 1983
ロンドン全域で商店やガソリンスタンド,バー,政府機関で爆弾や放火。けが人の報告ゼロ。警察はPIRAの犯行との見方。
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Saturday, December 17, 1983
テロリストの自動車爆弾が,クリスマスの買い物をするための人々で賑わうハロッズのところで爆発。死者少なくとも9名。うち4名は警官。負傷者は数十人単位。警察はPIRAの犯行との見方。
※これは有名な爆弾テロ事件のひとつだと思います。「ロンドンのみなさんへのクリスマス・プレゼント」というフレーズが使われていたと聞いています。
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Friday, October 12, 1984
ブライトン爆弾事件。サッチャー首相を暗殺しようと,保守党の党大会が行なわれていたイングランド南部のブライトンのホテルに時限爆弾が設置されていた。
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September 1989.
イングランド南部のディール(Deal)の英海軍音楽学校で爆発。死者11人,負傷者22人。
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February 1991.
ロンドンにあるメイジャー首相のオフィスに,IRAが迫撃弾を打ち込む。迫撃弾は標的を逸れて隣の建物を損傷。負傷者なし。
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Saturday, November 16, 1991
「テロ攻撃の特徴(the hallmarks of a terrorist attack)(<今回の事件でも警察によって用いられていた表現です)」のある強力な爆弾が,英軍の音楽隊のコンサートが行なわれていたロンドン郊外,セント・オルバンス(St Albans)で爆発。少なくとも死者1名。後にIRAの犯行声明が出された。
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Tuesday, December 03, 1991
またもや「IRAからのクリスマス・プレゼント」か――ロンドンのオクスフォード・ストリートのリトルウッズ(デパートの名称)で,午後8時ごろに爆弾発見。
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Sunday, December 08, 1991
「IRAからのクリスマス・プレゼント」――北部イングランドにあるブラックプール(Blackpool)など2都市のショッピングセンターで10個以上の爆弾が爆発。威力は大きくなかったが,警察は「IRAの特徴」との発表。
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Saturday, December 14, 1991
ロンドン北部,ブレント・クロスの大規模ショッピングセンターで爆弾3個が爆発。買い物客がやってくる前に爆発したため,建物の損傷は大きかったが,負傷者はなし。(記事の書かれた時点では)IRAの犯行かどうかは不明。
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Thursday, December 19, 1991
北アイルランド,ベルファストの高等法院近くでIRAの自動車爆弾。損傷は大きかったが負傷者はゼロ。
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Monday, December 23, 1991
ロンドンの交通機関は月曜日,2週連続で,IRAによって麻痺状態に。地下鉄のレールに爆弾が複数設置され,ロンドン北西部のハーロウで1つ爆発した。
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Friday, January 10, 1992
首相官邸から300ヤードの地点で爆弾が爆発。負傷者ゼロ。
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Thursday, January 16, 1992
北アイルランドのデリー(ロンドンデリー)中心部で爆弾2つが爆発。負傷者なし。税務署と保険会社の建物に大きな損傷。
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Thursday, January 30, 1992
ロンドン南部エレファント&カースルの地下鉄車庫でIRAの爆弾が爆発。同様の爆破装置が地下鉄車両の座席の下から発見された。
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Friday, April 10, 1992
シティ爆弾テロ。死者2人,負傷者80人以上。数時間後にロンドン北西部でも自動車爆弾が爆発。負傷者ゼロ。
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Wednesday, October 07, 1992★これが上に書いた件です。
(夕方に)センターポイントで爆発。これでロンドン中心部で,24時間以内に2度の爆発があったことになる。負傷者ゼロ。
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Thursday, October 08, 1992
ロンドン北部の住宅街の街路で小さな爆弾がいくつか爆発。これでロンドンでの爆弾は3日連続。いずれも負傷者ゼロ。
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Friday, October 09, 1992
ロンドン・ブリッジ近くのロンドン・ダンジョン博物館で爆発,ひとりが頭に軽症。その後にもう1件爆発。ロンドンでの連続爆弾日数を更新。
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Saturday, October 10, 1992
4日で7件目の爆弾が,パディントン・グリーン警察署の外の電話ボックスで爆発。また,ここのところ続いていた爆弾のうち3件について,IRAが犯行声明。
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Monday, October 12, 1992
昼時のコヴェント・ガーデンのパブで爆発。IRAの爆弾予告電話があった。負傷して入院した人が5人。
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Thursday, October 22, 1992
ロンドンでまたIRAの爆弾3件。1件は鉄道のロンドン・ブリッジに仕掛けられていた。負傷者6人,列車1両が損傷。また,北アイルランドでも自動車爆弾。5人が負傷。
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Friday, October 30, 1992
北アイルランド,ベルファストの北のグレンゴームリー(Glengormley)の警察署のところで爆発。市民10人と警察官2人が負傷。爆発防護壁が破壊された。
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Saturday, November 14, 1992
ロンドンの首相官邸近くでハイジャックされたタクシー(白タクらしい)が爆発。被害は少なく負傷者なし。首相は不在だった。犯人はロンドン北部でタクシーを借り,銃で運転手を脅してホワイトホールへ向かわせた。
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Monday, November 16, 1992
ロンドン東部のカナリー・ワーフで,無人のヴァンの中に大きな爆弾を警察が発見。ヴァンを乗り捨てたのは2人の武装した男で,守衛を脅して逃走した。爆破は失敗したが,IRAが後に犯行声明。
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Tuesday, January 05, 1993
ロンドン市内の4軒の商店で爆弾が爆発。事前にIRAの代理を名乗る予告電話。負傷者なし。
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Thursday, January 28, 1993
ハロッズの入り口でIRAの爆弾と思われるものが爆発,4人が負傷。1983年のアイリッシュのゲリラ攻撃を想起させる。事前にIRAによる暗号予告電話があり,ハロッズの中にいた人々は避難させられていた。
※「ゲリラ」は原文(ロイター記事)のママ。
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Wednesday, February 03, 1993
アイリッシュのゲリラ爆弾と思われるものが,ロンドン南部の電車で爆発。予告電話があったため,乗客はその2分前に避難させられていた。爆発で負傷者1人。
※「ゲリラ」は原文(ロイター記事)のママ。
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Monday, February 22, 1993
IRAの爆弾と思われるものが,デリー(ロンドンデリー)の裁判所で爆発。警官2人が負傷。うちひとりは重傷。
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Sunday, February 28, 1993
ロンドンのカムデン・ハイ・ストリートのゴミ箱に小型だが強力な爆弾が設置され爆発。負傷者18人以上。ダブリンで出された声明によると,IRAが仕掛けた爆弾で,事前にちゃんと暗号での警告を出していたと主張。
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Sunday, March 07, 1993
北アイルランドの海浜リゾート,バンゴールのショッピング街で,IRAが500ポンド自動車爆弾を爆発させ,警官4人が重傷。予告はなかったという。バンゴールはプロテスタントが多数。
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Tuesday, March 09, 1993
(Reuters) - Two policemen and three civilians were injured on Monday night in a blast after the Irish Republican Army stepped up its campaign against British security forces. A suspected IRA bomb exploded behind a wall as police were closing security gates designed to keep attackers out of the town centre of Lurgan in County Armagh.
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Saturday, March 20, 1993
(UPI) -- Suspected IRA bombs blasted a packed shopping center in northwest England yesterday, killing a 4-year-old boy and a teenager in the deadliest such attack in nearly a year. Two bombs hidden in garbage cans exploded in quick succession in the heart of the town of Warrington.
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Saturday, April 24, 1993
(Reuters) - An IRA bomb ripped through the heart of London's financial district on Saturday, wounding more than 30 people and causing extensive damage to prestige office buildings. The bomb was packed into a construction lorry parked near two bank buildings, the Hong Kong and Shanghai Bank and the landmark NatWest Tower.
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Saturday, January 15, 1994
(AP) -- Two burned-out furniture stores mark the progress that hasn't been made since Britain and Ireland announced a "framework for peace" in Northern Ireland. Police said incendiary devices set off fires Saturday that destroyed one shop in Belfast and severely damaged another in Newtownards, nine miles east of the city.
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Thursday, January 27, 1994
(Reuters) - Fire bombs caused blazes at three stores in a major London shopping street on Thursday but the fires were quickly put out and no-one was hurt. The area around the stores, on Oxford Street in central London, was cordoned off after the fires broke out before dawn.
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Saturday, January 29, 1994
(Reuters) - Police said they found two incendiary bombs at a central London store on Saturday and one went off, causing a small fire before it could be put out. Suspected Irish Republican Army (IRA) fire bombs caused blazes at three stores in the same major London shopping street on Thursday.
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Saturday, February 05, 1994
(Reuters) - A wave of suspected IRA firebombs went off in the Northern Ireland capital Belfast on Saturday, causing damage but no injuries. The worst attack was in the south of the city, where a wholesale shop was badly damaged in a blaze caused by a bomb. In the city centre a number of firebombs exploded at one supermarket.
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Saturday, February 19, 1994
(Reuters) - Fires broke out in several central London stores early on Saturday, causing no injuries, after police defused a firebomb at a record shop. Police declined to comment on the cause of what they called suspicious blazes in at least four stores in the Oxford Street area.
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Wednesday, March 09, 1994
(Boston Globe) - Four mortar shells were fired toward Heathrow Airport from a car last night following telephone warnings from the IRA, but police said none of the shells exploded and no injuries were reported. A scheduled Concorde flight from New York touched down on the targeted runway 17 minutes before the attack.
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Sunday, March 13, 1994
(Reuters) - The IRA threw air services over London into chaos with repeated mortar attacks and bomb threats, while calling for fresh peace talks on Northern Ireland. The British capital's Heathrow and Gatwick airports were closed for two hours on Sunday night after renewed coded telephoned bomb threats were received.
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Saturday, August 13, 1994
(Reuters) - A bomb exploded in a British seaside town on Saturday and police accused the Irish Republican Army (IRA) of an indiscriminate attack on ordinary people. The bomb damaged around 15 shops in Bognor Regis, showering the street with glass and sending up a plume of black smoke.
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Sunday, August 14, 1994
(Reuters) - The IRA staged a double bomb attack on the south coast tonight. Fifteen shops were wrecked in the centre of Bognor Regis, West Sussex and a second device was planted under the Palace Pier at Brighton, 15 miles along the coast.
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Wednesday, August 17, 1994
(Reuters) - The IRA claimed responsibility for two bomb attacks on Protestant bars in Belfast on Wednesday which caused some damage but no injuries. In a call to a local broadcasting company, the Irish Republican Army said it planted the device which wrecked the Grove Tavern in north Belfast, reputed to be frequented by outlawed Protestant extremist guerrillas.
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Monday, August 22, 1994
(Reuters) - Police on Monday defused a bomb left in a litter bin outside a store on Regent Street, one of central London's busiest shopping thoroughfares, a police spokesman said. The area was cordoned off as officers from Scotland Yard's anti-terrorist branch searched for other bombs following a coded warning that three explosive devices had been planted.
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Friday, February 09, 1996
(Reuters) - A huge bomb wrecked an office block in a London financial district on Friday. The explosion, in an underground garage of a six-storey office block not far from the Canary Wharf office tower in east London's Docklands area, left 100 walking wounded with eight seriously hurt.
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Thursday, February 15, 1996
(AP) -- The IRA claim responsibility for the bomb which went off in central London today. A square mile in the heart of the city was sealed off as police searched for other devices, Scotland Yard said.
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Sunday, February 18, 1996
(Reuters) - The IRA said on Monday it had planted a bomb that exploded on a London bus on Sunday, killing one person and injuring eight. The BBC in Belfast said the guerrilla group made the claim in a telephone call to its newsroom, using a recognised codeword.
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Saturday, March 09, 1996
(Reuters) - An explosion rocked a central London street near an underground railway station, police said early on Saturday. A spokeswoman said the explosion was near the West Brompton station but she had no further details. A spokesman for the fire brigade confirmed reports of a blast but declined to comment further. An eyewitness in a nearby building said the area had been gently rocked by the blast.
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Saturday, March 09, 1996
(Reuters) - A bomb hidden in a rubbish bin exploded in a deserted central London street early on Saturday, damaging buildings and cars but causing no casualties, police said. The blast took place outside a cemetery near the West Brompton underground station, which is opposite the major Earls Court exhibition centre.
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Tuesday, March 12, 1996
(Reuters) - The Irish Republican Army (IRA) claimed responsibility on Tuesday for a small bomb that exploded in a rubbish bin in London over the weekend. The guerrilla group claimed responsibility in a call to the British Broadcasting Corporation (BBC) office in Belfast using a recognised codeword. "A device which exploded in London at the weekend was one of ours," the caller said.
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Saturday, June 15, 1996
(AP) -- A powerful bomb shattered the downtown commercial district of Manchester on Saturday, injuring more than 200 people. The IRA claimed responsibility. The attack took place just six days after the opening of peace talks in Northern Ireland.
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Sunday, April 06, 1997
(Reuters) - One of the world's oldest and most famous racing events -- the Grand National steeplechase -- was canceled Saturday a half hour before its scheduled start after bomb threats forced the evacuation of roughly 60,000 people from the track and stands. The coded warnings were believed to have come from the IRA.
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Monday, April 07, 1997
(Reuters) - Commuter trains, London subways, key highways, and now Britain's premier horse-racing event: The Irish Republican Army stopped them all with a phone call. Renewed sabotage in England has put the IRA and its Sinn Fein party allies in the spotlight once again, and with no dead civilians to explain away.
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Saturday, April 19, 1997
(Reuters) - Explosions and bomb threats blamed on the Irish Republican Army snarled rail and road traffic between northern and southern England on Friday but caused little damage. Although no group claimed responsibility.
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Saturday, August 15, 1998
(CNN) -- At least 20 people were dead and dozens wounded in a bomb attack in the town of Omagh in Northern Ireland. The placement of the bomb -- near Omagh's courthouse, seen by some as a symbol of London's rule in the British province -- suggested that a dissident republican guerrilla group may have planted the bomb.
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Thursday, June 1st, 2000
Shocked residents in west London have told of being jolted awake by the bomb explosion on Hammersmith Bridge. A sophisticated high-explosive device, believed to be between one and two kilos of Semtex, was attached to a girder under the bridge and exploded at about 0430 BST. The IRA have claimed responsibility.
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Wednesday, July 19th, 2000
Police have confirmed a bomb was planted near a London Underground station as parts of the capital are brought to a standstill by a series of security alerts. A coded warning led police to a package on the line near Ealing Broadway tube station and they sealed off the area and carried out a controlled explosion.
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Wednesday, September 20, 2000
(CNN) London missile attack -- Two explosions close to the headquarters of international intelligence centre, MI6, in central London have been claimed by the IRA. The blasts occurred just before 2100 GMT in the Vauxhall Bridge area on the south side of the River Thames. Later investigation found the explosions were caused by shoulder-launched missiles.
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Sunday, March 04, 2001
(BBC) - There's been a bomb attack on the BBC's television headquarters in west London. One man was injured in the blast, which happened as a bomb disposal team was trying to carry out a controlled explosion. The Real IRA claimed responsibility.
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March 22, 2004 ※BBCに記述なしのため保留。
(BBC) -- A briefcase containing an IRA bomb left in a toilet was the cause of yesterday's scare that forced the evacuation of thousands of people around Reading Railway Station. The station, surrounding offices and shops were cleared by police after a sniffer dog sent in to check out the briefcase indicated it was dangerous. A military bomb disposal team was called in.


※上の作業が途中で止まってますが,後でやります。あまりに多いので疲れた。。。

にしても,2004年のレディングの爆弾の件は知りませんでした。あとでBBCで見てみよう。

→追記:2004年3月22日に列車内に爆発物でレディング駅でボム・スケアとの件、BBCであれこれ検索したけれども記述が見つからず。BBC以外でも見つからず。よって上記記述に取り消し線を引いておくことにする。なお、「2004年4月21日にレディング駅でボムスケア」があり、「レディング駅に爆弾処理班が来ている」という記述はあるが、このボム・スケアは本当に「スケア」だけ(置かれていたブリーフケースは空、爆弾はなかった)という報告もあり、何がなにやら? また同年8月にレディングでボムスケアがあったという旅行記がある。

で,このリストをウェブログにアップしたクリスさんがなぜこれをしたかというと,彼が今暮らしているソルトレイクシティでは人々がいとも簡単にパニックになって,「交通機関にテロ攻撃なんて怖い」「交通機関を使いたくない」とかいう感じになってたかららしいです。つまり,「あのなー,ロンドンでは交通機関への攻撃なんて珍しくないの」というのがモチベーション。

クリスさんのウェブログでのリストは,種類別に色や太字で分類されていますから,非常に見やすいです。呆れるほど長いけどね。

もっとオフィシャルなものが見たい方は下記にあります。96年5月の資料なので,96年2月の爆弾が最後ですが,クリスさんのウェブログのリストにないもの(ニュース記事にならなかったもの,爆発しなかったもの)も入っています。
http://www.publications.parliament.uk/pa/
cm199596/cmhansrd/vo960304/text/60304w13.htm


なお,「太田述正コラム」さんの7月12日記事に「IRAであるはずがない」という記述があります。
http://ohtan.txt-nifty.com/column/2005/07/0790_3522.html

トラックバックができない仕組みなのでここで書きますが,「太田述正コラム」さんには,まず,IRAが停戦中であることが書かれていません。今回,IRAの爆弾とは考えられなかった理由の最も大きなものが,IRAは停戦中であるということです。

また,今年に入ってからとみに北アイルランド情勢が政治的に極めて微妙な状況になってきているこのタイミングで(グッドフライデー合意がどうなるかわからない,IRAには解散の政治的圧力が加えられている,など),ロンドンでテロなどやろうものなら,北アイルランドにおけるリパブリカン武装組織およびシン・フェイン党への草の根支持は致命的なレベルにまで落ちるでしょう。いわば,政治的オウンゴール。そんなことはPIRAはしないと考えるのが理にかなっているのです。可能性としては,PIRAが停戦を破るという可能性は常にあります。

ほかにいくつか微妙な記述と,事実の間違いがあります。
IRAがロンドンで爆弾テロを行うのは、ロンドンが「敵」英国の本拠であることと、アイルランド系の人口が多く、IRAシンパから支援を受けつつ、捜査当局に気付かれずに行動することができるからです。

これはかなり微妙なことを断定した記述です。

何がロンドンでのIRAの活動を可能にするのかなんて,私はそんなこと気にしてみたことがないので不確かですが,アンソニー・マッキンタイアか誰かの記述にあったかもしれません。あるいは,グッドフライデー合意で釈放されたIRA活動家の記述もどこかにあるかもしれません。IRAシンパはいないわけじゃありませんが,IRAの活動を可能にしているのはシンパの支援があるからだ,ということじゃないと思うんですけど。。。

 そして同じ年の6月には【引用者注:1996年】、IRAがマンチェスター市の中央商店街で爆弾を爆発させ、200人を負傷させています。これはIRAが、(北アイルランド以外では)ロンドン以外の都市で爆弾テロを行った初めてのケースです。

96年6月のマンチェスターの爆弾が初めてではありません。1984年に政治家がターゲットとなったブライトン爆弾がありました。その後89年などにケントやコルチェスターなどで軍を標的とした爆弾が何件もあります。90年はレスターやハリファクスで軍のリクルートメント・センターがIRAに攻撃されています。また,サッチャー政権で北アイルランド担当大臣をしていたIan Gow議員が,East SussexのPevenseyの自宅近くで,IRAによって車の下に仕掛けられていた爆弾で爆殺されています。

また,1 June 1990のLichfield Railway Station, Staffordshireでの事件もあります。One person was killed and two others injured in a shooting incident(銃撃戦で1人死亡,2人負傷)です。Staffordshireはイングランド中西部(ウエスト・ミッドランド)にあります。この攻撃のすぐ後に,ドイツでも攻撃が行なわれたそうです。

この事件については,当時のアイルランド系のニュース媒体に次のようにあります。
TWO BRITISH SOLDIERS KILLED
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On Friday evening two gunmen walked up to three off-duty soldiers on a railway station platform in Lichfield, Staffordshire, and opened fire. One died a short time later. He was aged nineteen. The other two were detained in hospital where one was described as being in a serious condition. All three were new recruits returning home to South Wales from training camp for the weekend. The attackers ran off across the railway track and through waste ground where it is assumed a car was waiting for them.
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Just a few hours later there was another attack, this time in Germany. At about midnight two gunmen shot a 34-year-old major outside his house in the town of Dortmund. He died instantly from wounds to the head. He had just stepped out of his car when the attack occurred. His wife was with him and escaped injury. Neighbours who heard the shooting contacted the police and two squad cars pursued the attackers for a time but failed to catch them. Shots were fired at the police and one received a wound to is leg. The getaway car, also a Mazda, was found abandoned in a nearby village and police are hopeful that it will provide forensic evidence, as the gunmen apparently did not have time to set it on fire.
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The criticism of both these attacks has been extremely vocal and bitter. It has come from leading politicians on both sides of the Irish Sea.
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--The Irish Emigrant - June 4, 1990


これは爆弾テロではなさそうです。また,ここまでに列挙したものは,政治家や軍への攻撃なので「テロ」からは除外することもできるかもしれません。

しかし,これらのほかにも,ロンドン以外で爆発前の爆弾が発見されたことはありますし,あるいは,爆弾に見せかけたdeviceを設置して辺りを混乱させるといったことも行なわれました。(90年代前半にイングランド旅行中に,まったく勝手のわからない地方都市でこういったことの影響を受けて困ったことがあるのではっきり覚えています。「え?バス(Coach)ステーション封鎖っすか?」とかいうことがありまして。)

また,爆発前に発見された爆弾が爆発していたら負傷者はもちろん死者が出ていただろうというケースが,96年までに,ロンドン以外の都市でいくつも発生しているのです。

たとえば,91年4月にはイングランド北部のプレストン(Preston)の駅で爆発物がいくつも発見されています。その数日後にはマンチェスターのショッピングセンターで爆発物によるボヤが発生……といった具合に,きりがありません。

そして――ここにたどり着くまでが異様に時間を食ってしまいましたが,これが本命――92年12月にマンチェスターのオフィスビルがIRAの爆弾にやられて,64人が負傷しています。これは「ロンドン以外の都市におけるIRAによる爆弾テロ」です。

96年6月のマンチェスターでの爆弾は,IRAが94年の停戦を破った後で最初の,ロンドンおよび北アイルランド以外の場所での,IRAによる爆弾テロですが,「IRAが、(北アイルランド以外では)ロンドン以外の都市で爆弾テロを行った初めてのケース」ではありません。

なお,IRAの「テロ」は「爆弾テロ」だけでなく,銃撃・狙撃もあります。

なお,私が参照している資料は英国会のドキュメントです。

さらに,
 しかし、専門家であれ一般市民であれ、英国人で、今回の事件がIRAないしその分派の仕業である可能性があると思っている人は一人もいません。

私が確認しただけで2人,「IRAじゃないか」と書いている人がいました。私は発生直後に20件くらいの新聞記事,ウェブログやフォトログを見て回りましたが,当初は犯行を行なったのは誰かを言っている人はほとんどいなかった。ただ何が起きたのかについて,そして死者・負傷者への言葉だけ。

私が見た数少ない「IRAの可能性」説を書いていたのは,1人はロンドン在住の北アイルランド出身のブロガー,もう1人は,掲示板なので細かい情報はわかりませんが,ロンドン在住でした。(掲示板はいちいちURLを控えていないのでどこのものかわかりません。)→もう1人いた。米ユタ州在住英国出身ブロガーさん。7日記事を参照。むろん発生直後だけですが。

また警察も,公式に,「あらゆる可能性を除外しない」としていました。(スコットランドヤードのブレアさんかパディックさんの記者会見での発言。テレビで見たもの。)

なお,「専門家」には警察ももちろん含まれるはずですが,彼らがIRA(あるいはdissident Republican)の可能性を最初から除外していたということは,普通に考えてありえません。(<と曖昧な言い方をしますが,それは今になってからこの根拠となるものを見つけるのは大変なので。。。ご容赦。)

 それは、IRAであれば、一般市民を巻き添えにすることは極力避けようとしてきたし、一般市民が巻き添えになる懼れがある場合は、必ず30分以上前に予告電話を捜査当局にかけ、一般市民が避難する余裕を与えようとしてきたからです(http://forum.ship-of-fools.com/cgi-bin/ultimatebb.cgi?ubb=get_topic;f=3;t=003155(7月12日アクセス)による。もっと権威のある典拠を探した見あたらなかった。余りにも常識だからか)。


この「予告電話」は暗号というか,IRA独自の表現を使ったものであり,警察がそれを解読できなかった場合は爆弾によってたくさんの死傷者が出る,そうなれば警察の責任が問われる,という狙いがあるものです。IRAはその爆弾テロにおいて,一般市民を人質に取っていたのです。彼らを傷つけないように配慮していたわけでは必ずしもありません。なるべく犠牲が出ないようにするという程度の配慮はあったのかもしれませんが,一般市民が巻き込まれてもやむなしという事件は多発しています。(なお,ここではOmaghで29人を殺したRIRAは除外して考えます。)

ちょっとrantしとくと,「IRAは一般市民を巻き込まない」というのは,神話です。「権威のある典拠」が見つからないのは,神話だからです。(とか書いてると,まるで自分が「プロテスタント系」になったような気分がしてきてとても嫌なのだが。あたしゃIRAが嫌いなのと同じくらいにプロテスタント系過激派組織も嫌い。過激な政党も嫌い。)

IRAについては,完全に中立的な見方というのは極めて難しいです。彼らは英国では,紛れもない「テロリスト」です。2000年のテロリズム法でも「テロ組織」として特定されています。しかしアメリカでは,「マイケル・コリンズの遺志を継ぐもの,自由の戦士,英国の弾圧からの解放のための闘争」として自分たちをアピールしています。(そして,それに基づいた理解をしている米国人は少なくなく,ウェブ上のフォーラムなどで英国人と米国人のアーギュメントになることが少なくありません。)

なお,私はIRAの武装闘争を一切支持しません。武装闘争という名を使っているだけで,彼らはただのテロリストです。ただしそれは,彼らは射殺されても当然とかいうことではありません。サッチャーのshoot to killのポリシーなど,国家テロとしか呼びようがないし,北アイルランドにおける「容疑者」への扱いも異常すぎたと思います。(その辺の文献は英語でならいくらでも見つかります。)「英国の弾圧からの解放のための闘争」という言い分を可能にした英国の行為は,本当にひどいものです。

私は今回の攻撃を,最初に映像だけ見たときにはIRAかと思いました。これはもう反射ですが……(だってあまりにも見たことのあるような光景だったんだもん,92年ごろに)。PIRAでなくても,分派が動き出す可能性は常にあった。北アイルランドではオレンジ・オーダーのパレードの時期だし,停戦を破る,あるいは分派が動き出す口実はあった。(っていうか今もありますが。)

しかし攻撃が7箇所(<初期報道:後に4箇所と判明)で行なわれたこと,いずれも地下で,攻撃が広く目にさらされないところで行なわれたこと(バスは,IRAの犯行で移動中に誤って爆発したことがあるので,同様に移動中ではないかと思った)の2点から,IRAのパターンではない,と思いました。IRAの停戦破りであれば,複数箇所にバラバラに攻撃を仕掛けるより,もっと目立つところだけ,それも政治や金融においてシンボリックなものを攻撃しそうなものですから……これも推測ですけれどね。それでも,IRAの新しい方法かもしれないということは,可能性としては除外できないと思っていました。

# 「ロンドンでテロといえばIRA」というのも,「テロといえばイスラム原理主義(<一般に広く使われている用語を使います)」というのと同種かもしれません。

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追記:
Litany of terror attacks - Britain has been a frequent target for major bomb attacks even before the London blasts.
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/4661753.stm
posted by nofrills at 23:46| todays_news_from_uk/07july2005 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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