2005年12月20日

ロンドンの公共交通についての基本リンク集とTfLについての説明

■ロンドンの地下鉄マップ(地下鉄のみ、ゾーン表示あり)
PDF:http://www.tfl.gov.uk/tfl/pdfdocs/colourmap.pdf
GIF:http://www.tfl.gov.uk/tfl/pdfdocs/colourmap.gif

■ロンドンの地下鉄&鉄道マップ(ゾーン表示あり)←ロンドンに行くときにダウンロードして印刷していくのなら、上のじゃなくてこっち。
PDF:http://www.tfl.gov.uk/tfl/pdfdocs/lon_con.pdf

■ロンドンのバス路線マップ(下記URLから必要なものをダウンロード)
http://www.tfl.gov.uk/tfl/bus_maps.shtml

■2006年1月2日からのロンドンの交通料金リーフレット
PDF:http://www.tfl.gov.uk/tfl/downloads/pdf/fares-tickets/fares-2006-leaflet.pdf

以下はおまけ。■Transport for London(TfL)
http://www.tfl.gov.uk/tfl/
※Transport for Londonの日本語訳は「ロンドン市交通局」、「ロンドン交通局」などいくつかある。

■TfLとは何か――自治体としてのロンドン
 奇妙なことに、英国の首都ロンドンには「ロンドン」としての自治体が一時期なかった。現在の「公選の市長と公選の議会から成るGreater London Authority(略してGLA)」(<東京都とかと同じ形)ができたのは2000年、ブレア政権の地方自治についての行政改革の一環としてである。

 実はGLAの前にもロンドンの自治体はあった。1965年にできたGreater London Councilがそれだ。その前にもLCCというのがあったが、LCCは32の行政区から成るGreater Londonの大きさではなかった。

 LCCからGLCに変わったのも、保守党対労働党の二大政党のあれやこれやが原因だったが(LCCは都市部で労働党支持者が多数で、何度選挙をしても常に労働党が仕切ることになり、保守党としては何とか対策をしたかった)、GLCが廃止されたのも、保守党対労働党のあれやこれやが原因だった――1981年のGLC選挙では労働党が辛勝し、GLCの議長にはケン・リヴィングストンが選ばれた。このケン・リヴィングストンという人物のGLC議長時代の武勇伝は、当時ニュースを見てある程度理解ができていた年代のロンドナーはニヤニヤしながら、あるいは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、いろいろと話してくれるだろう。とにもかくにも「小さな政府」の保守党のマーガレット・サッチャー首相にとっては、「レッド・ケン」のGLCはウザいことこの上ない存在で、1985年、英国会はLocal Government Actを何とか成立させ、翌1986年3月末、同法に基づいてGLCを廃止することに成功した。

 GLCが廃止されたときにLondon のCounty Hallなどが売りに出されたのは、「息の根を止めてやる」という鉄の女の断固とした姿勢を示すものでもあった。ちなみに、ケン・リヴィングストンが、日々上昇する失業率をテムズの対岸の国会議事堂から見えるように掲げていたCounty Hallは、日本の企業の白山殖産に売却され、現在は「ロンドン水族館」や「ダリ・ユニヴァース」といったツーリスト・アトラクションが入っている。(モダンアートの「サーチ・ギャラリー」も入っていたが、ギャラリーが建物のオーナーの白山殖産によって契約の条件に違反していると訴えられて負け、ギャラリーはキングズロードのDUKE OF YORK'S BUILDINGに移転することになった。)

 1997年に政権をとったブレアの労働党は、サッチャーからメイジャーへと受け継がれてきた「小さな政府」政策を、リミックスしたりリネームしたりして、引き続き推進する。国庫負担を減らすことを最大の目的とした地方自治改革が進められ、サッチャーによってお取り潰しになったGLCは、Greater London Authority(略してGLA)として復活した。また、メイジャー政権で導入されたPFI (Private Finance Initiative) は、ブレア労働党においてはPPP (Public Private Partnership) としてメディアに打ち出された。(これらは日本では「民活」として知られている。参考

 GLAは、上に書いたように、公選の市長と公選の議会から成る。かつては「ロンドン市長」といえばCity of London名誉職(Lord Mayor)のことで、きらびやかな馬車で年に一度お祭り的にパレードをするだけというようにガイドブック類では紹介されていたが、2000年のGLAスタートと同時に始まった「ロンドン市長(the Mayor of London)」は東京都知事とかと同様の、ロンドンという自治体のトップである。

 2000年に行なわれた市長選挙では、かつてのGLC議長で労働党内の左派の筆頭格、ケン・リヴィングストンが、労働党執行部に反して党を離党し立候補(労働党はフランク・ドブソンを候補に立てた。ちなみに保守党はジェフリー・アーチャーを候補にしたかったが偽証罪で有罪になってしまったので、ノリスという人を候補にした)、2位の保守党候補に20万票以上の差をつけて勝った。

 一方、英国政府の管轄に置かれていたロンドンの公共交通機関を、ブレア政権はそれを新しいロンドンの自治体の管轄とすることにしていた。つまり、国の機関のLondon Transportを、ロンドン市の機関のTransport for London (TfL) とする計画である。TfLは2000年のGLA発足時にスタートした。

 ただしロンドン地下鉄については、TfLに移す前提となっていたのが、老朽化した設備の改善のために、国家予算ではなく民間からの資金を導入することを目的としたPPP (Public Private Partnership)という形の、ロンドン地下鉄の部分民営化だった。

 ブレアの労働党としては、「GLAを作る」→「PPPによって設備投資を行ない、地下鉄をGLAの管轄に移す」という計画だったのだが、民主的に選挙されたケン・リヴィンストン市長はPPP反対論者。市長はPPPは違法であるとして法的手段に訴えるなどしたが、PPPは国のレベルで決定されていたことで、最終的には市長があきらめるという形となった。(このあたりのことは、「JETRO ユーロトレンド 2003.5」さんに詳しい。)

 このような経緯を経て、2003年1月から、ロンドン地下鉄はPPPによってTube LinesとMetronetというInfrasco(インフラ担当の企業のコンソーシアム)が運営している。また、地下鉄網はJubilee, Northern, Piccadillyの各線(JNP)、Bakerloo, Central, Victoriaの各線 (BCV)、District, Metropolitan, East London, Circle, Hammersmith & Cityの各線のSSL (=the sub-surface lines)という3グループに分けられている。(JNPはTube Linesが、BCVとSSLはMetronetという会社が、PPPで30年間の運営の権利を勝ち取った。)

 一方で、地下鉄ではない鉄道(旧British Rail)は、BRが1996年に既に民営化されているが、ロンドン域内の鉄道はTfLの管轄下にある。

 そのためなのかどうか、地下鉄も鉄道も同じZone制を使っている(例えばZone 1にある地下鉄Central LineのBank駅に行く場合、Zone 2にある同じ地下鉄Central LineのBethnal Green駅からでも、鉄道のHackney Central駅からでも、運賃は同じ)のに、地下鉄だけの路線図、なんてものが印刷されて配布されていたりする。というか、地下鉄も鉄道も載ってる路線図はいちいち探さないとなかったりする。

■Oysterでの地下鉄と鉄道の連携
 あまりうまく行ってないらしい。例えば、Londonistの12月2日記事や、London Underground blogの12月9日記事などでも取り上げられているが、鉄道はOyster cardのプリペイ機能を受け付けていないところがほとんどだ(Oyster cardとは東京のSuicaや大阪のIcocaに相当するカードで2003年に導入された)。

 この点については別記事に。→これ

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追記:
PPPについてはこれ↓が一番わかりやすい。
http://www.trainweb.org/tubeprune/PPP.htm

徹底的に批判的検討が加えられている記事(日本語)。
http://www.pluto.dti.ne.jp/~mor97512/HO93.HTML
2001年10月のもので、私はここに書かれていることにすべて無条件に賛成するわけではないけど、現状、ここに書かれているおそれが現実になっている点が、かなり目立つと思います。(<ボブ・カイリー氏の発言とか見るとわかると思います。ウィキペディアのLondon Undergroundの項目か何かからリンクあり。)7月7日の爆弾のときも、当初車内にいた人が「また脱線か」と思ったそうですが、その前の、5月か6月に読んだレポートでは、結局、PPPから2年経っても、設備投資はとても満足のいく状態ではない、ということのようでした。
posted by nofrills at 23:38| london_basic_info | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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