2005年10月26日

訃報:ローザ・パークス

ローザ・パークスが92歳で亡くなった。

US civil rights icon Parks dies
http://news.bbc.co.uk/2/hi/americas/4373794.stm

Obituary: Rosa Parks
http://news.bbc.co.uk/2/hi/americas/4374288.stm

Obituary: Rosa Parks
http://www.guardian.co.uk/usa/story/0,12271,1600274,00.html私が「ローザ・パークス」という名前を知ったのは,高校のときの英語の教科書かあるいはサイドリーダーか,あるいはどこかの大学の過去の入試問題だったと思う。

それは,マーティン・ルーサー・キング牧師の"I have a dream"の演説を軸とした文章だったが,一方で,マルコムXには何ら言及がなかった。パークスがマルコムXの支持者だったということは,パークスの名前を知ってからかなり後になって知ったことだ。

北アイルランドのニュースブログ,Slugger O'Tooleの記事に,ガーディアン記事から引用されている"It was just a day like any other day."というセンテンスが私が彼女の名前を知った文章の中に書かれていたことは,はっきり覚えている。like any otherという言い方をこれで記憶したからだ。

私の世代にとって,高校での英語の教科書(あるいはサイドリーダーや入試の過去問)は,「英語圏ではどういうことがあるのか,起きてきたのか」が書いてあるものだった。

今はそういう色はかなり薄くなっている。だから,今の高校生とか大学生とか,あるいは社会人になったばかりの世代の人たちが,「ローザ・パークス」という名前を,普通に“勉強”してただけで知ってるかどうかを私は知らない。

ともあれ,私が見たローザ・パークスの訃報を伝える記事(マスメディアおよびウェブログ)の多くに共通するのはmythという語で,それはまた同時に,"icon"とか「シンボル」といったものを考えさせる。

あまりに象徴的なものとなってしまった,「バスの座席を譲らなかった勇気ある女性」は,「ほかの日と何ら変わりのないあの1日」の後,公民権運動の中心的アイコンとなり,そしてアラバマでは仕事を見つけることが難しくなって,1957年に夫婦でデトロイトへ移住。そして1965年から88年まで,民主党のJohn Conyers議員の事務所で働いた。88年に退職する前年,彼女はthe Rosa and Raymond Parks Institute for Self Developmentを立ち上げて,退職後はその活動に専念。1990年代に3冊の著書を出し,96年にthe Presidential Medal of Freedomを授与された。2000年にはアラバマに記念館がオープン。(出来事の記述はガーディアン記事より。)

ローザ・パークスがアラバマ州モントゴメリーでバスの座席を白人に譲ることを拒否した1955年12月1日から,まもなく50年。

10月25日付,Truthout.orgの画面キャプチャ。(クリックで原寸大。)
truthout_25oct05.png

左上の笑顔の写真,真ん中のバス内の写真をクリックすると,NYTの記事につながるようになっています。
posted by nofrills at 21:22| 雑多に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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