2005年10月28日

敵の敵は……

portadown.png

画像は更新停止された北アイルランド最強のspoofサイト,Portadown Newsの2003年4月8日号より。イラク戦争でバグダードが陥落する直前の号です。

"Your enemy's enemy is your friend"(敵の敵は味方)ってのは有名な言葉ですが,アイルランドってのはまさにそれが現実になってたようなところもあり(第二次大戦中の対枢軸国関係を参照),またIRA周りでも「敵=英国」→「英国を敵とする者=味方」という図式が大きく作用していた。それをおちょくったのがPortadown Newsの「観光局広告」(上の画像)。

最初にこれを見たときは呼吸困難になるほど笑いました。。。「アメリカ人よ!」という見出しの下に,「あなたの敵の敵は,やっぱりあなたの敵かもね」でジェリー・アダムズの写真。(ほかもいちいちおもしろいのだけれど。)北アイルランド:
The tale behind the kidnapping...
http://www.sluggerotoole.com/archives/2005/10/the_tale_behind.php

イラク:
'We don't need al-Qaida'
Ghaith Abdul-Ahad
Thursday October 27, 2005
http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,2763,1601557,00.html

北アイルランドのほうの,Dr Tiede Herremaという人は,Slugger O'Toole記事にリンクがあるんでわかると思いますが,1975年にIRAに拉致されたオランダ系企業の偉いさん。

この事件は,不謹慎ですけど映画になるんじゃないかというくらい背景がリッチで(恋愛あり脱獄あり武装闘争あり……),ちょっと書ききれません。

ともあれ,Herremaさんは2週間武装勢力に監禁された後に解放され,現在もご存命なのですが,自らの拉致の書類を,Limerick University(アイルランド)に寄贈するに際して「私を拉致した人間のことを恨んでいない」と述べた,というベルファスト・テレグラフの記事がリンクされてるんですが……アーカイヴにはいっちゃってるよ。えーい,記事が違うけど,アイリッシュ・エグザミナーなら読めます。

……このHerrema誘拐事件のときにほかにも実業家何人かがまとめて拉致られたんですが,IRAがあんまりひでぇことするってんで(元々この拉致グループのリーダーが若すぎて,人望がそんなに厚くなかったという要素もあるらしいのですが),地域のリパブリカン・シンパも警察にIRAのあんなことやこんなことを積極的にしゃべった,ということが,Tim Pat Coogan, "the IRA"に書かれています(p.406)。

そして拉致被害者は30年経って「あれは若気の至りだね」みたいなコメントをしている。

こうなると「敵の敵は味方」なんて話がわかんなくなるわけで,というか元々,こういうことはそんなに単純であるわけがないのでしょうけれども。

で,話がいきなり飛びますが,イラク。

元バグダードのブロガーの「G」の記事です。彼はこの8月か9月に深刻な調子で「僕はイラクには戻れないような気がする」と書いていたのだけど,10月にはイラクに戻ってて,しかも武装勢力に密着取材している。

取材が行われたのは,10月15日の憲法草案レファレンダムの直前。彼が取材したのは,バグダードの北,チグリス川沿いの村の武装勢力のボスでスンニ派アラブ人。(一方で「G」は確かクリスチャンで,以前ファルージャの武装勢力取材のときに,ティーンエイジャーの戦士に「アッラーを信仰してない奴は殺すんじゃないの?」と言われたと記事に書いていました。)

これがまた……「敵の敵はやっぱり敵かもね」というか,"Armalite and ballot box" strategy(Armaliteってのはこれです。AR-18)そのものじゃねぇかという気が。NIでも,「アソルトライフルと投票箱」の前はこうだった

軍隊とミサイルで「自由と民主主義をもたらす」

アソルトライフルとRPGとIEDで「自由と民主主義を獲得する」
&投票箱を片手に「自由と民主主義を自分たちのものにする」
――お約束?

いわゆる「ネオコン」な人たちの言ってることとかは私はそんなにたくさんは読んでいないのだけれど,少ないながら読んだ範囲では,イラクについてはそういう想定はなされてなかったのかもと思う。「悪人サダムを退治すればわれわれは歓迎される」という,こんなのわざわざ読んで時間を損したと怒りのあまりに脳みそが溶けるくらいに単純な前提に依拠する説はいくつも読んだけれども,その「歓迎される」が疑われてなかったのね。米国内向けに書かれたものだったからだろうとは思うのですが。(悪人サダムを退治する奴が,サダムと同じくらいの悪人では,御伽噺にもなりゃしない。)

Gの記事の最後:
"We should keep all the options open," Abu Theeb told them. Even a coalition with the enemy.


だんだん,「敵の敵は敵かもね」と「敵が味方かも」とが同時にそこにある,というふうになってきているのだということをGが言いたいのだとすれば,……考えるのやめよう。気分が重くなる。(<をい)

だから,軍隊とミサイルで「自由と民主主義をもたらす」なんてことはやめれ,と思ってたんですよ,思想とかってんじゃなくて。“レジスタンス”なんてのは最初っから支持を集めたりしない。一般市民は大義とかより,平穏無事に暮らすことの方が大事。

それができないのはなぜだというときに,自分の目の前に現実にあるのが占領軍のスナイパーや戦車や航空機と,それによって次々と殺されていく人々だったりするんだから(そして米国は,メディアを弾圧するという形でそれを隠蔽しようとしたわけだが――この「情報化社会」で冗談のようだ。第一,現実に「隣にスナイパー」な人たちにとっての真実は変えられないのに),とにかく平穏無事にという人たちの間でも,レジスタンスへの支持は拡大する。Gの記事に出てくるAbu Theerの部下は多分そういう「普通の村人」だ。

北アイルランドで,一部の“過激インテリ”の急進思想だったPIRAのイズムが色を失って,武装闘争組織としてのIRAが多くの人員を獲得したのは,英軍がデモ隊に発砲して13人殺したり,見境なく拘束・拘禁・拷問を行ったりしてから後のことだ。(後にはもっと悪質化して,“容疑者”のところに特殊部隊が踏み込んで,家族の目の前でshoot-to-killっていうこともあった。)

イラクでは,一部には「共通するバックグラウンド」(“スンニ派”という)で,そしておそらくそれ以上に大きな要素として「敵の敵は味方」で,自警団的レジスタンスやナショナリズムのレジスタンスが,資金や武器の豊富なアルカーイダとつながってきた。それが2004年から2005年にイラクで起きたことのひとつである。

一方で,政治的環境変化などで「敵の敵はやっぱり敵かもね」という意識が浮上してる,というのが,「G」の記事の伝えている内容じゃないかと思う。

こうなると,流血はとまるどころか,ますます激しくなるんではないか。。。

さらに英軍(バスラ)も米軍(バグダード)も,奇妙な秘密作戦を行っていることはもう世界中の人々が知っているとおり。何をしようと???

さらに,米英が今必死になってる対シリアと対イランは,対シリアが米国担当で,対イランが英国担当ということでよろしいのか?

これさぁ,やっぱ2001年12月ごろに戻ったような情勢になってきてるって思うんだよね。
http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/middle_east/4289470.stm

しかも当事者が火に油をがんがん注ぐし。orz
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/4378948.stm
http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/middle_east/4384264.stm

ひどいことになる前に何とか,誰に頼んでいいのかわかんないけど,頼みます。。。

最後に名言を引用:
"Making peace, I have found, is much harder than making war" -- Gerry Adams


もう1個:
"We can continue with the hatred and the despair and the killing, treating people as if they were not parts of humanity, or we can try and settle our differences by negotiation, by discussion, by debate." -- British Prime Minister Tony Blair after meeting Gerry Adams on Oct. 13, 1997


# どちらの名言も,言語の虐殺死体の標本。
posted by nofrills at 22:32| i_dont_think_i_am_a_pacifist/words_at_war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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