2006年01月31日

北アイルランド、刑務所跡地とConflict Transformation

メイズ/ロング・ケッシュ刑務所跡地の再開発計画の図面をBBCが入手したという記事が、BBCのサイトに出ている(30日付)。
First peek at Maze masterplan
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/4663512.stm

メイズ/ロング・ケッシュについては昨年9月にちょっと書いたのでそっちを見ていただければと思うが、「北アイルランド紛争」のシンボルのひとつだ。

この刑務所は2000年9月に閉鎖され、現在の建物を取り壊して再開発する計画になっている。

一般には公開されていないその図面を、今回BBCが入手したということのようだ。


再開発事業の公式サイトから、事業の概要:
http://www.newfuturemazelongkesh.com/
The Panel believes that the regeneration of the 360 acre site will bring significant and long term social and economic benefits to the whole community through the following key components.
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* A sports zone, including a multi-purpose sports stadium;
* An International Centre For Conflict Transformation;
* A rural excellence and equestrian zone;
* An office, hotel and leisure village;
* Light industrial development in the short to medium term;
* A small community zone to provide local facilities;
* Iconic artwork throughout the site;
* A regional centre or foundation for the Arts; and
* A comprehensive transport strategy for the site including motorway access and integrated public transport links


一見すると、まるで豪華会席弁当、「自然豊かなロケーションに作られる運動公園。交通も整備して産業も誘致します」的に見えるが、1つだけ、“浮いて”いるのがある。An International Centre For Conflict Transformation(紛争転換のための国際センター)だ。“浮いて”というのもしっくりこない。「北アイルランドだからなあ」と思えば、という取り合わせだ。この再開発計画の性質は、BBCの記事から引用すると、the ultimate marriage of sports and politics(スポーツと政治の究極の結婚)ということだ。

「スポーツと政治は関係ない」というideologyとまったく反対なのだが、それにはもちろんコンテクストがある。「北アイルランド紛争」というコンテクスト、「北アイルランド」というコンテクストが。

メイズ/ロング・ケッシュ刑務所はが位置するあたりは、いわゆる「ユニオニスト/プロテスタント系」の地域で、これは「北アイルランド紛争」という文脈においては「反ナショナリスト/反カトリック系」ということになる。

(こういうふうに分けることに抵抗がある人もおられるだろうが、この紛争そのものが「私はプロテスタントでユニオニスト」とか「私はカトリックでナショナリスト」といった意識によって見る間にどんどん深みにはまっていった紛争であり、こういった「あれかこれか」はこの紛争についてちょっとでも考えるときに絶対に外せない要素のひとつである。「分けることそのものが間違いだ」といった理想論は、それ自体の是非は別として、現に起きてしまった紛争について説明的にみるときにはあんまり意味がない、というのが私の考えである。)

一方で、この刑務所の囚人の多数が「カトリック」であり(もちろん「プロテスタント」も「カトリック」も同様に組織的暴力をなしていたが、刑務所に入れられるのは圧倒的にカトリックが多数だった)、彼ら囚人たちの行動のいくつかは、それ自体が「抵抗のシンボル」となった。

最も知られているのが、IRAまたはINLAメンバーの囚人(つまり「カトリック系」)による2度のハンガーストライキ。ボビー・サンズ(→過去記事)という一種の「カリスマ活動家」をはじめ10人が命を落とすことになった2度目のハンスト(81年)は、特に広く知られている。(→Wikipedia

そのほか、IRAメンバーによる大掛かりな脱走もあったし、非常に暴力的なロイヤリスト武装組織(LVF)のリーダーが囚人となっていて、建物の外に出たときに、非常に暴力的なリパブリカン武装組織(INLA)の囚人に刑務所内で射殺されるという謎の事件もあった。

という次第で、短くまとめるとすれば、この刑務所は「プロテスタント系」な場所にあり、「カトリック系」の間で「あの(かの)ロング・ケッシュ」という位置づけを得ている。

とりわけ特徴的なH型の建物は"H-block"と呼ばれ、「Hブロックでの」といえば、「(ほかの刑務所ではなく)ロング・ケッシュ刑務所での」という意味になる。

今回BBCが入手した再開発計画の図面では、全部で8棟あったHブロックの建物が、左下の部分に1つだけ残されている。記事によると、元の刑務所の建物を一部残すことはシン・フェインが要求した事項だという。(そうだろうね。。。)

残されるHブロック1棟が、conflict transformation centreとなるそうだ。

前にこの件についての記事を読んだときには、conflict transformationという用語は用いられてなかったかもしれない。conflict researchだったような気がする。要するに、紛争についての研究や資料展示を行なう施設だろうと思う。

conflict transformationの概念についてはコロラド大学のConflict Research Consortiumの文書がわかりやすい。私自身もまだよく理解できていないのだが、紛争を「解決すべきもの」と位置づける(conflict resolution)のではなく、「うまく扱うべきもの」と位置づける(conflict management)のでもなく、「起きるもの」と位置づけて、ひとりひとりのレベルで、またシステムのレベルで紛争を取り巻く環境を変える(transform)ことを考え行なう、ということのようだ。<解釈間違ってたらコメント欄でご指摘ください。)

このconflict transformation centreが、メイズ再開発の「政治」の部分。

一方で、この敷地内に予定されている最も大きな建築物は42,500人収容のスタジアム。それが「スポーツ」の部分。

で、このスタジアム、「サッカーでもラグビーでも使えるようにする」ということで、まあ「なるほど、そのほうがいろいろ使えていいよね」的ににっこり笑って終わる、こともできるのだが、そうもいかない。

北アイルランドにおいて、サッカーは「プロテスタント系」にファンが多く、ラグビーは「カトリック系」にファンが多いという。「どちらかと言えば」というレベルの話かもしれないが。(しかしサッカーの「北アイルランド代表」のサポーターはプロテスタント系がほとんどだ。なぜならば、「アイルランドは1つ」と考える人にとっては「アイルランド代表」と「北アイルランド代表」が別個ということ自体がおかしなことだから。)

イングランドの「サッカーは労働者階級、ラグビーはちょっと上の階級」というのとはまた違ったソーシャル・ディバイドがある。

「どっちもOK」というのは、サッカースタジアムにしちゃうと「プロテスタントのための再開発」になりかねない、というバックグラウンドだと思う。

っていうか、こうなると「スポーツと政治」は最初から分かちがたいものであって、そういう場で「スポーツと政治は別」みたいなことを言ってもしょうがないのかもしれない。だったら中途半端なこと言わずに「究極の結婚(ultimate marriage)」と言ってみる、というのは、ある点では潔いのかもしれない。

そんなことを考えながら図面を見て記事を読んだわけだが、この「究極の結婚」とやらも、例のニュー・レイバー的な「素敵な語句」なんじゃないかという気がしてならない。

というのは、次のような一節が記事にあり、図面でもそうなってるからだ。むろん、記述は記事を書いたBBC記者のバイアスに大きく依存するが。

The equestrian zone may also perform another very important function - it would separate the stadium from the International Conflict Transformation Centre (ICTC), a distance of more than half a mile.
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馬術ゾーンはもうひとつ重要な機能を持つことになるかもしれない――このゾーンがあることによって、スポーツスタジアムと紛争転換センターが反マイル以上(800メートル以上)離れることになる。


「スポーツ(スタジアム)」と「政治(紛争転換センター)」はずいぶんとまあ、遠距離結婚のようで。。。(^^;)

さらに、この計画、実現すると決まったわけではない。現在もまだ検討の段階で、検討委員会においてシン・フェインの提案にDUPが反対すれば事実上の拒否権行使になる。

で、DUPあたりは紛争転換センターのことを「ハンスト記念館」と呼んでいる。むろん「IRAのプロパガンダだ」である。(困ったもんだ。そのうちに「あのハンストはなかった」説が出てくるかもね。)

「ハンスト記念館」があろうがなかろうが、普通に考えただけでも、「紛争転換」の概念そのものが「政治的プロパガンダ」とされてまったく受け入れられない可能性もある。

DUPあたりは、元々「やるかやられるかだ」というモデル――ブッシュといいイアン・ペイズリーといい、ファンダメンタリストってのはこういう思考がお得意のようで――に則り、それをプロパガンダに乗せ浸透させることで、足元を固めてきた。

2005年夏、IRAが「武装闘争終結」を宣言し、武器を放棄した。それから半年経って、2006年1月30日にはUDAとUVFが武器を棄てる方向にあるという報道があった。Times記事によると「6〜8週間以内に」とのことである。

「紛争の当事者」の双方が武器を棄てることは、紛争という現象/局面/行為をひとまず終わらせることの前提で、ロイヤリスト側が武器を棄てることになれば、それはそれで非常に前向きなことではあるだろう。

でも、2006年に双方が武器を棄てたら、将来もずっと「紛争」にならない、ということではない。アサルトライフルやグレネードやセムテックスはいつでも、手に入れようという意思と金があれば、それなりに手に入るだろう。

それでもしばらくの間――数十年間は「もう争いはこりごり」という思いが社会の中でも強く残っているだろう。

しかしその後はということになると、誰にもわからない。

とにもかくにも、「シン・フェインの言うことは何でも悪」という“思想”の政党が一番人気みたいなことになってると、何だかんだやってるうちに「とりあえず武器は棄てた」の状態(something a bit more than ceasefire)をpeaceと呼ぶということになってしまうんではないかというような気もする。

そういうのを何とかしようというのが、conflict transformationなのかもしれないけれども。
posted by nofrills at 22:36| todays_news_from_uk/northern_ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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