2004年03月01日

お話の内容メモ〜2月28日カブール食堂

2月28日のカブール食堂(関連記事1関連記事2)でのお話の内容をざっとメモ。

■トラックバック:
「ディナー講演会@神田カブール食堂」(ことしゃんのページ)■菊地正志記者(埼玉新聞):
年末年始にかけてアフガンに行ってきた。パキスタンからジャララバードへ。ジャララバードはカブールより危険(テロ攻撃もある)。

芝生があり木がありチューリップ(?)の咲く美しい公園の風景(日比谷公園に似てなくもない)のスライド。これは戦乱前のアフガニスタン。まさに禿山然とした土色の荒地のスライド。これはほぼ同じ場所で撮影した現在の様子。

途上,田んぼのような風景(スライドを示す)。若葉が生えている。すべてケシである。ケシに頼らなければ成り立たない経済。これらは軍閥やテロリストの資金源になる。

日本のNGOは3団体だけ(SVAJVCペシャワール会)。埼玉県のトライアストンの加藤さん(後述)と宝塚のアフガニスタン友好協会の西垣さんとの出会いから,「地雷なきサッカーグラウンド」の建設が成る。看板にJAPANの文字。そのグラウンドでの試合。日本からユニフォーム,シューズなど持っていった。スタンドでは100人あまりの女学生が観戦。数十年ぶり。スタンドの外に銃を持った警備の人。これが普通。

学校にパソコンがある。UNの支援。しかしPCを与えるだけの支援。電気が来ない,来ても電圧が不安定でPCは使えない。現地の実状に合った支援が必要である。

日本にやってきた15人の女性教員。タリバン下では女性は教職につくことからも排除されていた。成田では非常に表情が暗かった。しかし1ヶ月日本で研修をして,表情が明るくなった。I am not in hopelessとの言葉。

SVA,(シャンティ国際ボランティア会)に日本で集めた募金を届ける。「取材に来る記者はたくさんいるが,お金を持って戻ってきたのはあなただけだ。」

■加藤稔さん(トライアスロニスト,アフガン難民チャリティ駅伝を主催):
菊地記者と一緒にアフガンを訪問。

ジャララバードは民間人が銃を持ってうろうろしていたりしたが思っていたより安全。マスコミが危険だ危険だと言うのでよほどだろうと思っていたのだが,わりと普通。
出発前は「二度と行くことはなかろう」と思っていたが今は「次はいつか」を考えている。

現地で民族衣装をあつらえてきた。オーダーメードで1000円くらいだった。上に着ていたセーターを脱いで「今日はこれを着て電車に乗ってきました。(笑)」(すそが丸くカットされているのは近くで見て初めて知った。)

食べ物もおいしくて,痩せて帰るどころか太ってしまった。おなかも壊さなかった。お風呂は入れなかった。シャワーは3回浴びた。(滞在10日。)

実感したのは,支援する側があげたいものと,支援される側が欲しいのもとが必ずしも一致しないということ。例えば学童にノート。しかしそれを使う場があるのか? 支援を何に使うかは現場に任せる方向がよい。

NGOを支援するなら,小規模で地道にがんばっているところを支援してほしい。小規模なところだとアフターフォローがある。

3月20日に埼玉県戸田市の彩湖・道満グリーンパーク(JR武蔵野線の武蔵浦和最寄)でチャリティ駅伝を実施。(詳細←ことしゃんのページ)

■ゴルサム・レザポールさん(通訳はユノスさん):
刺繍のことについて説明。刺繍は非常に細かい。布に下書きをせず,布目(ふつうの綿ギャバの布地です)を数えて針を動かす。だから目に悪い。電気のない今のカブールでは女性たちには大変な負担。刺繍は細かい作業なので30代くらいまでしかできない。

本来贈り物であり売り物ではない。「会」の方より,「それを売ることは実は恥ずかしいこと」とのコメント。それでも「会」は,女性が収入を得る方法の一つとしてこの刺繍を生かすことを選んでいる。働かず支援を受けることはベストではないとの考え。

タジク人,ハザラ人,いろいろな民族に発注している。刺繍はそれぞれの民族,家によって違う。見ればどの民族のどの家のものかわかる。

ブルカをかぶっている女性は多い。女性を閉じ込めるためではなく,身の安全のためである。

……etc, etc,メモを取るのを怠っていたのでこのくらいです。

そのあとは出席者各人からの報告など。

・聖心女子大のSHRET(Secred Heart Refugee Education Trust)さん
聖心は緒方貞子さんの出身校。同じ学校の後輩としてできることはと2002年に活動を始め,難民の子どもたちに対する中高等教育を支援しておられるそうです。マガジンハウス社の書籍『母さん、ぼくは生きてます』の著者のアリ・ジャンさんもよく知っておられるそうです。

・土井香苗弁護士:
アリ・ジャンさんの難民認定裁判の弁護人。4月13日(火)15:30〜16:00,東京地方裁判所(霞ヶ関)の7階713法廷に傍聴にいらしてほしいとのこと。

・墨田区文花中(夜間)西田先生:
アリ・ジャンさんの通う夜間中学の先生。夜間中学の教師削減方針についての署名活動中(3月4日まで)。the Japan Times, 19 February 2004の記事と日本語訳を配布。都財政の悪化のしわ寄せは夜間中学にも。できれば都教(教育委員会)にも意見をとのこと。

・マガジンハウス社の編集者さん:
アリー・ジャン著,『母さん、ぼくは生きてます』は,表紙のカバーを取って本体の表紙を見てください。濃紺の地に銀色で模様が入っています。これはアフガンの伝統刺繍の模様のひとつ。ことしゃんたちの「アフガニスタンの女性の自立を支援する会」が編集さんに刺繍をいくつかお送りして,その中から編集さんが選んだものだそうです。表紙も本文の印刷も豪華で1100円。すごい。

その他,ペシャワールで支援活動をされている方,難民をテーマにドキュメンタリーを制作するという学生の方,セーブ・ザ・チルドレンの活動をされている方,妊産婦保健の活動をされている方,川崎けい子さんの映画を上映されている方,などなど30名あまり。刺激を受けました。ありがとうございました。タシャコル。

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追記:
菊地さんと加藤さんのお話は食事の前だったのですが,お話のバックに調理場から「パチパチペッタン……パチン,パチン」という音(ナンの記事を伸ばす音だと思います)が時々聞こえてきて,家庭的というか,うちにいるみたいでおもしろかったです。
posted by nofrills at 15:56| 雑多に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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