2004年09月03日

ロイド・ジョージの『世界大戦回顧録』を入手した。

先日,初めて訪れた古書店で,表紙に薄い紙がかけられ,その下に
 ジーョジ・ドイロ
 戦大界世
 録顧回
という文字列(ほんとは全部旧字体)が透けて見えているハードカバーの書籍を見つけた。

ロイド・ジョージの『世界大戦回顧録』だ。奥付けを見た。

やっぱり横書きで左から右へ向かって,
 昭和十五年二月一七日 印刷
 昭和十五年二月二〇日 発行
 定価 二円五十銭
と書いてある。西暦だと1940年だ。

出版社は……何と改造社。しかも(っていうかこの時代のものだから当たり前だけど)検印もついている。

どうせけっこう高いんだろうなと思って値段を見ると,500円。

この値段,買わなきゃバカよねぇ……いくら金欠でも。(仕事のスケジュールが狂ったために支払いがずれこんでいて,実際目下の私の経済状態は極めてよろしくない。)

表紙の真ん中に「1」という字があり,複数巻がばらけているので安いのだろうということは,後で気付いた。ネットで調べてみると(こちらさん)全部で9巻とのこと。

ともあれ,第1巻はここにある。まだしばらくやることがてんこ盛りなので読めなさそうだけど。

Lloyd George's War Memoirs publisher's name

War Memoirs preface

■著者ロイド・ジョージとその時代:
ロイド・ジョージ(1863-1945)。第1次世界大戦時の英国首相。その前のアスキス内閣で蔵相。あたしゃ第1次大戦のときの内閣のことは,高校の世界史で「ロイド・ジョージ挙国一致内閣」って覚えた。1914年に始まった第1次大戦における戦時内閣だ。外務大臣はバルフォアだ。

1916年から22年までに何があったか。吉川弘文館の年表を参考にまとめてみよう。(細かな順序は間違っているかもしれない。)

1916年(第1次大戦は1914年から)
 2月 アイルランド,シンフェイン党暴動
 4月 ダブリン暴動(イースター蜂起)
12月 ロイド・ジョージ内閣成立
12月 米国ウィルソン大統領の平和提言
12月 夏目漱石死去

1917年
 1月 英軍,バグダード占領
 2月 日英秘密協定
 3月 ロシア二月革命
 4月 米国,対独参戦(孤立主義の終焉)

1918年(王室が「ハノーヴァー朝」から「ウィンザー朝」に改称)
 6月 ドイツ軍の爆撃機がロンドンを空爆
11月 バルフォア宣言
11月 ポーランド独立

1918年
 1月 米国ウィルソン大統領の14か条
11月 ドイツ革命で皇帝退位→ドイツ降伏

1919年
 1月 パリ講和会議
 1月 アイルランド共和国独立宣言
 4月 国際連盟規約採択
 6月 ヴェルサイユ条約調印
11月 国際連盟第1回総会
12月 インド統治法  

1920年
 1月 国際連盟正式成立
12月 アイルランド自治法

1921年
11月 ワシントン軍縮会議
12月 米・英・仏・日の4ヶ国条約=日英同盟廃棄

1922年
 2月 国際司法裁判所設立
 4月 欧州経済復興会議
11月 保守党のボナー=ロー内閣成立
12月 アイルランド自由国成立,憲法制定

……というわけで,アイルランドを軸にすると,ロイド・ジョージ内閣の時代の直前と直後にイースター蜂起と自由国の成立があり,中東を軸とすると大戦後のオスマン帝国の解体,すなわちパレスチナやイラク,クルディスタンなどの,今に至るまで続いている問題の根は少なくともここまでさかのぼらないと理解はできないということがあり(「アラビアのロレンス」の時代です),国際平和を軸とすると,国際連盟の成立やワシントン軍縮会議がある。

なお,「回顧録」が書かれたのは,原著者序文によると,1933年。原題はWar Memoirs of David Lloyd Georgeで全6巻。

■翻訳書の背景について:
ロイド・ジョージ『世界大戦回顧録』の日本語版が出たのは1940年。ひとつ興味深いのは,「世界大戦」という邦題。どうして「第一次世界大戦」ではないのか。改造社のような出版社がこの題名でこの本を出したということは,それだけでもけっこう興味深い。

ひょっとしたら,当時は「世界大戦」と書けば1914年から18年に主に欧州を戦場とした「世界大戦」のことだと一般に認識されていたのかもしれない。しかも「回顧録」。つまり,誤認の恐れがないから「世界大戦」とできたのかもしれない。

ちなみに日本が対米英宣戦するのは,1941年12月8日の真珠湾攻撃でのことだ。つまり,この翻訳書が出た時点(1940年2月)は,まだ米英は「敵国」ではなかった。

その点から見て非常に興味深い部分を,「訳者序」から引用しておこう。

 いふまでもなくロイド・ジョージ氏は第一次世界大戰の勃發に先立つ九年前、即ち一九〇五年商務大臣となつてより、大戰終結後四年、即ち一九二二年に至るまで實に一七年の長きに亙つて臺閣に列し、殊に大戰中は大藏大臣、軍需大臣、陸軍大臣に歴任し、最後には總理大臣としてイギリス政局を身を以て擔當した巨星であり、イギリスは勿論のこと大戰關係國の何れを見ても、戰時内閣に一貫して其の地位にあつた人物はロイド・ジョージ氏唯一人である事實を以てしても、政治家としての手腕力量がいかに卓絶してゐるかを知るに足りよう。
_
※現代表記はこのページの下部をご参照ください。


……ひたすら絶賛しとるがね。

国家総動員法の時代にもこういう言論があった。それが具体的な形と重さ(書籍というもの)で手の中にあるってことが……感慨深い。

この書籍の出た昭和15年2月の菊池寛「話の屑籠」は,ある「支那婦人」の毅然とした姿勢に侵略者サイドとして覚えずにはいられない危機感(というか「覚悟」かもね)を示しつつ,ちょっとのんびりしている。3月なんか,久米政雄の発言の引用とはいえ,コンラッドの名前まで出して,もっとのんびりしている。(何が「名乗れることになった」だ,ばかやろー。)のんびりのんびりと,翼賛している菊池寛。6月には「われわれ日本人は、支那から受けた文化を、すっかり日本固有のものだと思い込んでいるところに、こんな失言が生ずるのだと思った。支那人が日本を見ている目を通じても、われわれ日本人が反省をして、真に支那人を愛し、支那を尊敬することから、恒久の日支親善が生れるのではないかと思った。/支那人のことを支那人と呼ぶことも、この際改めたらいいのではないかと思った。やはり中国人というべきではないだろうか。僕は、向うの要人と話しているあいだ、支那とか支那人とかいう言葉を出さないよう気をつけたが、なかなか骨が折れた。真の日支親善を計るためには、こんな用語から徐々に改むべきだと思った」なんてことも書いている。

しかしこの2年後の昭和17年(1942年,つまり米英が「鬼畜米英」になった後)に菊池寛は「米英的思想の排撃ということが、盛んに叫ばれているが、およそ文学に関する限り、昔から米英的思想の影響など受けたことは、皆無といってよいのである。日本の文壇は、昔から米英嫌いである」などとほざいている。

なんていうことを思うと,改造社が昭和15年に出したロイド・ジョージの著書が今私の手元にあることが,不思議に思えてならない。

「訳者序」の最後の2段落もぜひ読んでいただきたいので引用。

 今やヨーロッパには第二次世界大戰が初まつてゐる。宣戰後すでに半歳に垂んとしつゝも容易に戰局の發展を見ないのは何の故であらうか。畢竟するに、ヨーロッパ四憶民衆の胸に生々しく刻まれてゐる二十年前の記憶でなくて何んであらう。第一次大戰の研究こそ彼等にとつて死活の道標であるとすれば、現在各國語に飜譯され、愛讀されつゝある本書の意義がいかに大なるかを想はずにはゐられないのである。
 我々はまた東亞にあつて、支那事變第四年目を迎へ、時局はいよいよ多難を想はしめるのであるが、偶々この機會に、わが戰時工作においても負ふところ多きロイド・ジョージ氏の名著を世におくり得ることは、譯者等の無上の悦びとするところである。
_
※現代表記はこのページの下部をご参照ください。


引用部分の第1の段落の力強さに比べ,第2段落,特に「わが戰時工作においても」以下の,とってつけたような展開。

出版されてから60年以上も経過してこの本を手に入れた私は,ここを読まなきゃいけないような気がする。

この後,本編は(以降,現代表記:横書きに対応),
 第1章 嵐の徴候
  1 外交に依る最初の接触
  2 党争休戦の計画
  3 1911年,アガディールの危機
  4 外交に関する内閣の無関心
 第2章 破滅
  1 意外なる戦争への突入
  2 何人も戦争を欲しなかった
  3 戦争に対する軍部,政界,市民の態度
  ……
と続いていく。

■翻訳者について:
翻訳者は,内山賢次,片岡貢,村上啓夫のお3方。

検索してみると,内山賢次さんはオルコットの『四少女』(すなわち『若草物語』)やシートン動物記などの訳者で故人。片岡貢さんはネット上の情報が少なくてよくわからないけど故人。村上啓夫さんは,ハメットやクリスティ,ジュール・ヴェルヌの翻訳多数(私もきっと読んでいるに違いない)。バートランド・ラッセルもある。
(物故者との情報は日本ペンクラブのサイトによる。なお,複写権センターのサイトにもお名前があったので,著作権は失効していない。)

-------------------------------
【補記】
引用部分を現代表記で:
いうまでもなくロイド・ジョージ氏は第一次世界大戦の勃発に先立つ九年前、すなわち一九〇五年商務大臣となってより、大戦終結後四年、すなわち一九二二年に至るまで実に一七年の長きにわたって台閣に列し、殊に大戦中は大蔵大臣、軍需大臣、陸軍大臣に歴任し、最後には総理大臣としてイギリス政局を身をもって担当した巨星であり、イギリスはもちろんのこと大戦関係国のいずれを見ても、戦時内閣に一貫してその地位にあった人物はロイド・ジョージ氏ただ一人である事実をもってしても、政治家としての手腕力量がいかに卓絶しているかを知るに足りよう。


 今やヨーロッパには第二次世界大戦が始まっている。宣戦後すでに半年にたらんとしつつも容易に戦局の発展を見ないのは何の故であらうか。畢竟するに、ヨーロッパ四憶民衆の胸に生々しく刻まれている二十年前の記憶でなくて何であろう。第一次大戦の研究こそ彼らにとって死活の道標であるとすれば、現在各国語に翻訳され、愛読されつつある本書の意義がいかに大なるかを想わずにはいられないのである。
 我々はまた東亜にあって、支那事変第四年目を迎え、時局はいよいよ多難を想わしめるのであるが、たまたまこの機会に、わが戦時工作においても負うところ多きロイド・ジョージ氏の名著を世に送り得ることは、訳者らの無上の悦びとするところである。


※引用部分の入力には漢字変換道具に助けていただきました。ただし,「即」は出てこなかったので,新字体で入力してあります(文字コードに問題があるといけないので)。
posted by nofrills at 05:34| i_dont_think_i_am_a_pacifist/words_at_war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。