2005年09月12日

ベルファスト,暴動続く。

土曜日の夜から日曜日の早朝にかけて西ベルファストなどでロイヤリスト(プロテスタント)が暴動を起こしたが,東ベルファストなどでも新たにロイヤリストの暴動が起きている。

More riots break out in Belfast
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/4236208.stm

ガーディアンの記事は,これを「銃と爆弾が戻ってきた」と表現している。
Return of the gun and the bomb
http://www.guardian.co.uk/Northern_Ireland/Story/0,2763,1567926,00.html

重要なことは,この「暴動」が,とりあえずその辺のものを投げるとか振り回すとか,あるいはとにかく火をつけて回るといったものではないということだ。

ガーディアンのジョナサン・フリードランドの記事:
http://www.guardian.co.uk/Northern_Ireland/Story/0,2763,1567684,00.html
And this was no mere street riot, no outbreak of simple stone-throwing and window-shattering. The loyalist hardmen trained machine guns on soldiers and police, sending some 700 bullets their way according to one estimate. Bricks and petrol bombs came in numbers too large to count. One eyewitness spoke of a mayhem unseen in 30 years.
PSNI(北アイルランド警察)のOrde総監は,オレンジオーダーのサッシュ(肩に掛けている布)を着けた人物が部下を襲っていたと述べ,オレンジオーダーを異例なほど厳しい口調で非難している。

オレンジオーダー(orderという名称から十二分に察することができる性質を持った宗教ベースの結社)のメンバーが,警察への襲撃において積極的な行動をとったことが事実であるとして,問題はそれがなぜなのか,だ。

# Orde総監の言うことが事実であるとしても,むろん,暴れたのはオレンジ色のサッシュをつけた人たちだけではない。というか暴れた人たちのメインは,thugsと呼ばれるような人々である(現場写真や映像から)。バラクラバで顔を隠している男たちはUDAかUVF(両者は1994年の停戦で合同しているようだが)だろう。7月から8月にかけて,LVFに対して明示的な威嚇や暴力の行使を行ったのもUDA/UVFである。

今回の暴動は,きっかけとしては,オレンジオーダーのパレードが,市当局によってルートを変更させられたこと――彼らはそれを「カトリックへの不条理な譲歩」とか「カトリックからの不当な圧力」と見なしている――である。

が,何をきっかけにして暴れるかということは本質ではない。暴れる理由,また暴れる目的が,暴れるきっかけの裏に隠されることもあり(例えばイラクのムクタダ・アル=サドルが「反占領」を口実に暴れ,実際には自身の政治プロセスへの参加を要求した2004年8月の一件のように),今回の暴動はそうとしか考えられない。

言い換えれば,今回のベルファスト暴動の真の理由/目的は,パレードがどうのとか文化的アイデンティティがどうのとかいう話ではない。

組織化された人々が火炎瓶ばかりか銃をとり,警察(とそのバックアップにあたる軍)を攻撃したということは,彼らが英国政府のやっていることに強く反対しているということである。しかもそれは単なる意思表示ではなく,力を伴った行動である。

1970年代初めまでの北アイルランドは,笑ってしまうくらいに「非民主的」だった。「民主主義」のシステムが公然とゆがめられ,カトリックの人口が多くても選出される議員(有権者の代表)はプロテスタント,ということになっていた。

ウェストミンスターの保守党にとっても,北アイルランドから選出される保守党側のMPは貴重な存在で(何しろ10人からの勢力だ),したがって英国が保守党政権であるときには,北アイルランドのゆがんだ「議員選出」のシステムは改善されることなく,ロイヤリストのパラミリタリーは「奴らが襲ってくるから」を口実として「奴ら」つまりカトリックを敵としていればよかった。

一般的に「北アイルランド紛争」と呼ばれるものの中での暴力の大半は,このバックグラウンドを持つ。すなわち,プロテスタント対カトリック。

そして「敵の敵は味方」で,カトリックが敵と見なすようになった英国の治安部隊(警察と軍)は,プロテスタントの味方だった。

つまり,ロイヤリストが英国の治安部隊を直接的に攻撃するということの持つ意味は,半端なものではない。

彼らロイヤリストは何に対してNOと言っているのか――明らかなことだ。

1973年12月に成立したサニングデール合意では,NIにおけるプロテスタントとカトリックのパワーシェアリングが合意された。それによって北アイルランドの暴力はなくなるはずだった。

しかしロイヤリストはそれに反対し,複数の武装組織が合同でアルスター・アーミー・カウンシルと呼ばれるものを結成した。

1974年5月,ロイヤリスト/ユニオニストの労働者組織が2週間におよぶ「ストライキ」を行った。背後にパラミリタリーの存在があったこの「ストライキ」は当初から暴力的なものであったが,英国の治安当局は当初武力を行使せず(英軍はカトリックには実弾を使ったが,プロテスタントは政治的に力を持っていたために,この「ストライキ」においては,軍への武力行使の許可は出なかった),サニングデール合意のもとでNIのトップに就いていた政治家は退陣,合意のもとの体制は機能できなくなって崩壊した。

これにより,北アイルランドの「分断」は,その前よりいっそうひどくなった。「テロ活動」もひどくなった。

現在の「和平(ピース)プロセス」のベースは,1998年に成立したグッドフライデー合意(ベルファスト合意)である。NIにおけるプロテスタントとカトリックのパワーシェアリングが合意されている。

ロイヤリストは,それに反対している。

これまでグッドフライデー合意による和平プロセスが進まないのは,IRAの活動が続いているからだということになっていた。

が今年,IRAは活動を停止することを宣言した。

ロイヤリストのテロ組織は,ギャング組織としての犯罪行為(麻薬密売など)は続けているが,テロ行為はグッドフライデー合意のときにはすでに停止していた。(おそらく,「テロってるのは奴らだけ」という“事実”を作るために。)それでも彼らは武装解除されていない。

ロイヤリストはIRAに武装解除を要求し,それも「こちらが納得する形で武装解除せよ」と言い張っている。「言葉でなく行動を」が彼らのスローガンのようになっているが,その一見当たり前の要求によって求められている行動は何なのか,よくわからない。そればかりでなく,ロイヤリストは自身が武器を放棄しないままで,リパブリカンに武装解除を要求しているのだから,本当にわけがわからない。

現在,ロイヤリストのテロ組織(武装組織:パラミリタリー)は,PIRAの「武装闘争やめます」宣言で,明確な「敵」を――というより,「奴らが攻撃してくるので」という口実を――失った。

そのことにより,ロイヤリスト(ユニオニスト)が本当に敵視するもの(恐れているもの)が,はっきりと見えてきつつある。

究極的には,統一されたアイルランド。英国(ブリテン)から切り離されたアイルランド。シンボルとしては,ユニオンジャックを掲げることで自己主張できる自分を失うこと。そして,そういう方向で物事が動いていくこと――「カトリック」が政治を動かすこと。

そんなことはあってはならないという一種のイデオロギーを持つ勢力が,武器をとって出てきたのが,今回の暴動である。

英国の法律では,ロイヤリスト側もリパブリカン側も,いくつもの組織が非合法化され,テロ組織として認定されている(2000年テロリズム法)。
posted by nofrills at 13:37| todays_news_from_uk/northern_ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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