2004年12月29日

訃報:スーザン・ソンタグ

susansontag.jpgquote: from http://www.chron.com/cs/CDA/ssistory.mpl/features/2968793
"We live in a culture," she once said, "in which intelligence is denied relevance altogether in search of a radical innocence, or is defended as an instrument of authority and repression. In my view, the only intelligence worth defending is critical, dialectical, skeptical, desimplifying."


"Where is the acknowledgment that this was not a 'cowardly' attack on 'civilization' or 'liberty' or 'humanity' or 'the free world' but an attack on the world's self-proclaimed superpower, undertaken as a consequence of specific American alliances and actions."


another quote: from http://www.kansascity.com/mld/kansascity/news/nation/10516661.htm?1c
Born Susan Rosenblatt on Jan. 16, 1933, in New York City, Sontag later took the surname of her stepfather. She was raised in Tucson, Ariz., and Los Angeles by her grandparents. A prodigy who was reading by the age of 3, she described herself as Alice in the Wonderland of literature. "A book was like stepping through a mirror," the self-described "militant bibliophile" said.


yet another quote: from http://news.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/992695.stm
Often outrageous and with a desire to shock, she possessed the unfailing ability to get under the skin of both the reactionary right and the self-satisfied liberal wing of America's opinion formers.


毎日新聞より:
訃報:
スーザン・ソンタグさん=米の批評家・作家

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 【ニューヨーク支局】現代の米思想界を代表する知識人の一人で、批評家・作家のスーザン・ソンタグさんが28日、自宅のあるニューヨークの病院で死去した。71歳。長男が米メディアに語ったところでは、死因は急性骨髄性白血病。30年にわたりがんを患っていた。
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 ニューヨーク生まれ。少女のころから文章を書き、9歳で詩などを新聞にして売っていた。66年に発表した評論集「反解釈」はポピュラー音楽からフランス思想まで、文化や芸術、社会を新鮮な切り口で解剖し、時代の寵児(ちょうじ)となった。
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 ベトナム戦争、湾岸戦争、最近のイラク戦争などで、戦争に反対する発言を続け、米国でもっとも論争をよぶリベラル派知識人と称された。長身で黒目がちなまなざし、明快な語り口で知られた。
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 「ラディカルな意志のスタイル」「写真論」などの評論集のほか「恩恵者」「死の装具」「火山に恋して」などの小説、短編集「わたしエトセトラ」、みずからの乳がん手術をきっかけに書いた「隠喩(いんゆ)としての病い」などがある。戦争と写真の関係を鋭く分析した03年の「他者の苦痛へのまなざし」が遺作。
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 日本文化とくに映画に造詣が深く、今月17日まで、ニューヨークのジャパンソサエティで「ソンタグが選ぶ日本映画傑作選」の上映にかかわっていた。
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 ▽ 行動する批評家 富山太佳夫・青山学院大教授(英文学)の話 アメリカの最後の行動する批評家でした。すでに20代の初めから鮮烈な批評活動を始め、アメリカの文芸批評を一新、さらに「写真論」(77年)の他にがんやエイズを論じ、ベトナム戦争から9・11のテロ、イラク戦争についても明確な発言をする一方で、映画を監督し、前衛的な小説から歴史小説まで書いています。輝くような才人でした。
毎日新聞 2004年12月29日 20時08分


『他者の苦痛へのまなざし』が最後だったのか。

アメリカのメディアの記事には,病床で1930年代,40年代,50年代のミュージカルを聞いていたみたいなことが書いてあった。

にしても,『暗喩としての病い』が品切れなのは残念すぎる。『エイズ』の方も確か品切れになってるはず。

see also:
http://ch.kitaguni.tv/u/917/i_dont_think_i_am_a_pacifist/words_at_war/0000136224.html

■追記:
ガーディアンのオビチュアリ。
http://www.guardian.co.uk/usa/story/0,12271,1380531,00.html
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