2004年11月01日

Of Human Bondage:人とのつながりに就いて。

私はあんまり人間ができてないので,通常は,自分とカンケーない人のことは別に気になりません。なので,ちょっとであっても,自分と関係のある人を作りたいと思っています。

直接的な知り合いじゃなくても,例えばウェブログを読むとか,新聞記事を読むとか,著作を読むとかいったかたちで,私から一方的に「知っている」人を,とにかくいっぱい持っておきたい。この人の書くものはおもしろいなあとかすごいなあとか,あるいはためになるなあとか,そういうポジティヴな刺激を得られる人たちを,持っておきたい。直接会ったりしなくてもいいし,あっちがこっちのことを知らなくてもいい。実際に会うことができない距離にいるところに,そういう人たちをなるべくたくさん持っておきたい。

じゃないと,自分が滑り落ちるのは目に見えているから。人としてどうよ,というところまで冷血になりうるから。実際に顔を合わせることのできる友人たちとは,ほんとに日常卑近のことを話すだけだけど,一見カンケーなさそうな出来事への目線というものも,自分の中に用意しておきたいから。

今回殺害された青年は,私とは何の縁もゆかりもない人でした。彼のことは「ネットに流された映像」がテレビで流れるまで知りませんでした。でもその映像を何度も見るうちに,直接話してみたいな,とかぼんやり思ってました。

私自身,行った先は西欧の一部だけだけど,単独行動の旅行者として予定も決めずに回ったことがあります。バックパッカーではなかったけれど,親とかからは,女ひとりで危険だ,無謀だ,だいたい言葉もろくにできないだろう,と言われました。それでも実行しました。極めて治安の悪いエリアを,夜にひとりで歩いたこともあります。(それはむろん,ある程度の感覚が備わったあとのことですが,それとて独り善がりになる可能性も常にあります。)

そんなことを――自分が彼の年齢だったときのことを思い出して,さらに,彼が選んだ行き先が,2004年10月のイラクだということを考えると,やっぱり直接話をしてみたい,と思った。そんな感じです。

映像の中,彼はこっちを見て,しゃべっていました。何度目かに映像を見たとき,私にとって彼は「関係のない人」ではなくなって,どんなことを考えている人なんだろう,と思い始めていた。自国民の保護がとか,テロリストの脅迫だとか,そんなことはかすんでしまって,ただ単に,そこにひとりの人間がいた。

なぜなら,彼には声があったから。

「……すいませんでした」はどういう気持ちを表していたか,「また日本に戻りたいです」とは,具体的に何をしたかったのか。

……「国語」のテスト問題みたいなことを書いてるな。>自分

とにかく,言葉を交わす機会さえもうあり得ないということが,残念でなりません。

私は彼と何を話したかったか? 端的にいえば,RaedやFaizaやその他の人たちの書いたものを読んでいたかどうか,です。読んでなければ「きっと興味深いと思うよ」と勧めたかった。

私はそれをしたかった。それだけです。

できれば彼がバスに乗る前に,その機会を得たかった。

これが,「人の死」ということだね。残されて私はいつも,「もっと早くに〜しておきたかった」とか「あのとき〜していれば」と思う。

――かつて,救うことのできなかった我が親愛なる友人に,最後のパラグラフを捧げる。(こんなものでごめん。)

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■トラックバック:
「旅行」の意味?(自分のところの過去記事)
【無念】拘束の香田さん殺害される:先のエントリーのコメントから考えて(M. H. Sqareさん)

■引用:
セザールさん、ありがとう。何があったのか私にはわかっています。あなたはいつも、真実の半分を示すのです。
――Faizaさん,2004年4月27日(全文はここで
posted by nofrills at 07:42| i_dont_think_i_am_a_pacifist/words_at_war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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