2004年11月13日

「カリスマ的指導者」=「ガザ出身のエンジニア」。

Raed Jarrarさんの11日の記事を日本語にするのに,異様に時間がかかってしまった。

言葉が見つからなかった。彼が選んだ「カリスマ的指導者」の写真を,しばらくじっと見ていた。彼のウェブログは,私は日本語にすることを前提として読んでいるので,たいがいはほぼ同時通訳式(ただしいんちき)で最初の段階から日本語を当てながら読める。だけど今回ばかりはそうはいかなかった。

いくつか,明白な理由がある。

しばらく前,彼はウェブログのコメント機能をONにした。そのとたん,彼のウェブログのコメント欄は3歳児の遊び場と化した――粘着質の米国人のhatefulなコメントがそりゃもうたくさん。

あまりにひどくステレオタイプなのでニヤニヤしてしまわざるを得ないくらいにそれらはabusiveだった。

彼らが問題とするのは"bias"――日本語にすれば「偏向」だ。

ファルージャにいるイラク人レポーターのことを「こいつは偏向している」と彼らは言う。「戦士たちと一緒に……」と書いていたことを取り上げ,「ほら見ろ,奴はテロリストの手先だ!偏向している!」と大声で叫ぶ。「そんな偏向した人間を使うとは,BBCも地に落ちた」と言う。

私はあまりのことに耐えかねて,「この人はロイターでもレポートしているそうですが,何か?」と投稿した。すると1時間ほどで,喜び勇んだ粘着が「こいつ,アルジャジーラでもレポートしてるぜ!」と報告を入れてくる。

さらに,アルジャジーラで彼が「“無差別に”撃ってきている」と書いている部分を取り上げて,「ほらみろ,偏向している!」と大声で叫ぶ。

このイラク人がBBCで仕事をしていることについては「BBCも地に落ちた」といい,ロイターで仕事をしていることについてはスルーで,話はアルジャジーラに行ってしまった。

そして,Raedのことも「おまえもこいつと同じくらい偏向している」と断定し(わけわかんない),読むに耐えないような中身のないことを何度も何度も書く。さらにRaedの書くことを「プロパガンダ」と呼ぶ。

彼らのお気に入りのイラク人,「中立なスタンスの,本物のジャーナリスト」たるGhaithが,ファルージャで戦士たちと食事をしていたことや,8月にナジャフで戦士たちと雑談していたことや,9月にハイファ・ストリートで米軍の民間人攻撃を体験してレポートしたことについては,スルー。

彼らの論理でいけば,Ghaithも「テロリスト」と一緒にいたのだし,自分の被害体験を語っているのだから,プロパガンダなのだろうが,不思議なことにそうではないらしい。

こんなのに付き合うのは私は飽きたが,Raedがこれまでこんなメールを山のように受け取ってきたことを考えると――そしてさらに,それに真面目に返事を書いていたことを考えると……私はアメリカ人じゃないし,こういうメールにも関係ないのだが,申し訳ないと思う。何人かの米国人が「アホばっかりでI am sorry,アメリカはこんなんばっかりじゃないのだけど」と書いているが,私が感じているのは英語のsorryじゃなくて,日本語の「申し訳ない」だ。

何について申し訳ないのか,さっぱりわからん。でもとにかく申し訳ない。こうやって,もやもやした感情に言葉を与えることによって,私は私の中身を整理していくしかない。

彼は今,どんなことをどんなふうに感じているのか。ファルージャはあんなふうにブッ壊され,両親と弟,それに友達のいるバグダードは戦場だ。犠牲者統計をとる活動をしたときに各地で知り合った人たちも,平穏無事に暮らしているわけではなかろう。イラクの人としての彼は,ヨルダンに身を置いて,常に苦しい思いをしている――人として,知識人として。怒りとか憤りをとっくに通り越しているだろうと私は思う。

「以前のあなたはもっとインテリジェントだった」とあるコメントは書いていたが,最近の記述の焦点の甘さは,確かにある。どっかからのコピペで済ませることも増えている。だがそれは,彼がものすごいものを見ているからだ。世界に堂々と公開されたかたちで,次から次へとジュネーヴ条約が破られている。そしてそれについて書いても,実効力を持つことができない。

そこに「おまえもテロリストのプロパガンダ」というコメントを入れて喜んでいるアホでマヌケな善良な人たち。俺たちのすることはプロパガンダじゃないからな,911直後に全世界に「ごっど・ぶれす・あめりか」なるお歌を強制的に聞かせたのもプロパガンダじゃない。サダムの大量破壊兵器の脅威を語ったのもプロパガンダじゃない。だいたい奴が白旗揚げてればよかったんだ。ファルージャのテロリストだって同じさ。とっとと白旗掲げて出て来いっつーの。そうすれば民間人が死ななくて済む。民間人は気の毒に,人間の盾として政治的に利用されているんだ。だが俺たちは我が同胞,ネイビーシールズとして輝かしい経歴を持っていた4人もの“民間人”が殺されて焼かれて橋にぶらさげられたことを許さないからな。ファルージャの連中は,じーざす,あんなことをしたばかりか,イラク全土で罪のない民間人を爆弾テロで吹き飛ばし続けてるじゃないか。警察を吹き飛ばしてるのはなぜだ? 占領に協力している?――おい,その「占領」っていいぐさは何だ,俺らはおまえらの面倒を見てやってんだぜ,頼まれてもいないのによ,まいいか,よう兄弟,やつらが警察を狙うのは,わかるか? 警察が邪魔だからさ,単純な話さ。ゴッドファーザー知ってるだろ,マーロン・ブランドはクールだぜ……程度のことを「考えて」いるんだろう。

Raedはイラクの人だが,一方で彼はパレスチナ人でもあり,そのアイデンティティ意識はこれまでウェブログで何度かはっきりと表されてきていた。だがパレスチナについて,特に特定の人物のことを語ったことはない。ハマスのヤシン師やランティシ氏(2人ともイスラエルのミサイルで暗殺された)のことに言及はしても,語ったことはなかった。

しかしアラファトについては,明らかに違っている。文章はいつもの調子に見えた。写真がなければ,いつものようにさくさく日本語に置きかえることができたかもしれない(確率は30パーセントくらいだが……どのみち,彼がどう感じているのかを考えていただろう。何しろアラファトなのだから)。

だがな,写真がな……数えきれないほどあるアラファトの写真の中で,Raedが自分のウェブログに掲載した写真は,彼には言葉にすることができないものがあるってことを,示しているように思う。

彼の書いたアラファトについての記述を,転記しておく。
The Palestinian President, Yasir Arafat, died at the age of 75 today. He is an engineer from Ghazza that spent the last 40 years of his life fighting for the Palestinians right to live and have their state. He is "The man who forged Palestinian identity".
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パレスチナのプレジデント,ヤシール・アラファトが,今日75歳で死んだ。アラファトはガザ出身のエンジニアで,彼の生涯の最後の40年を,パレスチナ人が生きる権利,自分たちの国を持つ権利のために戦うことに費やした。アラファトは「パレスチナ人のアイデンティティをつくった男」だった。


ひとりのパレスチナ人(母親はイラク人であるにしても)にとってのアラファトは,後継者の有無が取り沙汰される「カリスマ的指導者」という言葉で語られる存在ではなく,「ガザ出身のエンジニア」だった。

これ以上偏向しないでアラファトについて語れる記述があるだろうか。
posted by nofrills at 04:45| i_dont_think_i_am_a_pacifist/words_at_war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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