2005年01月29日

アウシュヴィッツ解放60周年。

ここ数日,東京でテレビ(地上波)でニュースを見てたけど,これに言及したものを見た記憶がない。といっても私はそんなにたくさんニュースを見てるわけではないので,たまたま見なかっただけかもしれない。

「最終解決」のアウシュヴィッツ収容所が解放されて,1月28日でぴったり60年。その式典が現地で行なわれた。ガーディアンの記事の書き出しが印象的だ。
White snow and black iron, white birches and black stone, white hair and black hats of the last witnesses: Auschwitz yesterday was a monochrome tableau drained of colour except for the brown brick of the barracks where hundreds of thousands waited to be murdered.


英国からはストロー外相が出席している。
http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk_politics/4175925.stm

すべてについて「あなたはアウシュヴィッツで私たちがどのような目にあったのかを考えないのですか」と言うことに,私はかなりの反発を覚える。それでも,あの「最終解決」が“残した”ものがあることは,否定できない。

 これは地獄だと言うことは、もちろん、人々をその地獄から救い出し、地獄の劫火を和らげる方法を示すことではない。それでもなお、われわれが他の人々とともに住むこの世界に、人間の悪がどれほどの苦しみを引き起こしているかを意識し、その意識を拡大させられることは、それ自体よいことである。悪の存在に絶えず驚き、人間が他の人間にたいして陰惨な残虐行為をどこまで犯しかねないかという証拠を前にするたびに、幻滅を感じる(あるいは信じようとしない)人間は、道徳的・心理的に成人とは言えない。 
 或る年齢を超えた人間は誰しもこのような無垢、このような皮相的態度、これほどの無知、あるいは健忘の状態でいる権利を有しない。
――スーザン・ソンタグ『他者の苦痛へのまなざし』(北條文緒訳)


スーザン・ソンタグは,結論を示して見せているわけではないと私は思う。
posted by nofrills at 01:04| todays_news_from_uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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