2005年07月16日

何がショックを与えているのか。

7月7日にロンドンで起きたことについて,あれを実行した人々が「外国人」ではなく(すなわち「外国人テロリスト」ではなく),英国で生まれ育った英国人――英国籍保持者――だったことは,確かに英国の人々および社会全体に対して,かなりのショックを与えているようだ。むろん私は今のところ,メディアを通してしか英国の様子を知るすべはないが。

これが日本で報道されると,なぜか,「移民との軋轢」の話になる。このことについてはゆっくり書きたいのだが,あいにくあまり時間がないので,この稿は「とりあえず」版。

日本のマスコミが7月7日のロンドンのことを伝えるときの典型的な論法が見られる記事を,1つ,丸ごと引用する。東京新聞,「筆洗」(7月14日)。

 ロンドン同時テロの実行犯はパキスタン系英国人四人で、自爆テロの可能性が強いと、ロンドン警視庁が発表した▼事件からわずか五日で犯人を特定した捜査力には敬服するが、移民問題という深刻な国内要因を浮かび上がらせたことが英国民にはショックだろう▼首謀者の国外逃亡説もあり、イスラム過激派との関係はまだはっきりしないが、実行犯四人のうち、十九、二十二、三十歳の三人は、英国中部の都市リーズの、パキスタン、バングラデシュからの移民が多く住む貧しい労働者街の住人だった▼英国やドイツ、フランスは戦後復興のため、旧植民地のアフリカやアジア諸国から多くの移民を受け入れた。一九七〇年代以降制限したが、家族の呼び寄せなどでその後も増え続けた。それが国内の貧困層との軋轢(あつれき)を生み、失業や、犯罪の増加とともに、政治的不安定要因となった▼英国BBC放送のプロデューサー、ジェシカ・ウィリアムズ著『世界を見る目が変わる50の事実』(草思社)は、英国内には三百万台の監視テレビカメラ(CCTV)があり、ロンドン市民は三十もの監視ネット網によって一日三百回撮影されているとのデータを紹介。それ自体は今回の迅速な捜査に結実するが、監視社会の怖さを警告する▼さらに恥ずべき事実として、英国の子どもの三人に一人が貧困水準で、七〇年に比べて三倍に増え、先進国の中でもっとも割合が高いこと。貧しい子どもの精神疾患は富裕層の三倍もあるとのデータも示す。テロ事件の遠景に貧富の格差があると示唆する。
――http://www.tokyo-np.co.jp/00/hissen/20050714/...


……これはデイリー・メールですか?(^^;)

一見したところ,まっとうな文に見えるかもしれない。しかしこの文章はおそろしく筋が通っていない。

ロンドン同時テロの実行犯はパキスタン系英国人四人で、自爆テロの可能性が強いと、ロンドン警視庁が発表した


この文は単に〈事実〉を伝えるのみで問題はない――細かいことをいえば,「同時テロ」という“四字熟語”には検討の余地があると私は思うけれども。(この語は,あまりにも無批判に使われすぎている。発生が伝えられ,ブレアがグレンイーグルズでスピーチしたとき,まだ何が起きたのかがはっきりとはわかっていなかったにもかかわらず,「同時」「多発」「テロ」と3つの〈判断〉をくっつける用語を,日本のマスコミは使っていた――場合によっては「か?」を末尾にくっつけてはいたが。)

事件からわずか五日で犯人を特定した捜査力には敬服するが、移民問題という深刻な国内要因を浮かび上がらせたことが英国民にはショックだろう


何が「英国民にはショックだろう」って? 

まず,「〜には敬服するが」の前後のつながりがわからない。「敬服する」の行為主体(主語)は「筆者」であろう。しかし,「、」から後の部分の主語は,何よ? 何が「深刻な国内要因を浮かび上がらせ」,何が「ショック」なの?

(こういう文を見るとね,「英訳しづらそう」と思うのです,反射的に。こういう文章があるから「日本語は論理性に欠ける」とかいう神話が信じられちゃうんだよ〜。)

こういう論旨の曖昧な文で,いきなり,「移民問題という深刻な国内要因」が出される。卑怯な書き方だ。

この,「〜という…」という同格表現。これはすなわち,「〜は…である」という〈断定〉ないし〈判断〉を内包する。

えっとね,英国内で「移民問題」が「深刻な国内要因」だと言っている人たちは,確かにいます。BNPとかUKIPとかね――つまり,極右。あと,こないだの総選挙のときの保守党。「移民問題が深刻だから移民を制限しなければならない。これは人種差別ではない」という,例の手書き文字ポスターを思い出していただければと。

彼らは言うだろう,「移民がいるからテロが起きる」と。(そしてそれは,「移民がいなければテロは起きない」に容易に変換される。)

むろん,彼らとてバカではないので(それどころかものすごいインテリだよ,極右は。指導部はオックスブリッジとか),そういうストレートな言い方はしない。いや,中にはする人たちもいるだろうけど,それは極右の末端の“教育も金も学歴もない貧しい人々”(<これは「移民」に限った話じゃない)であって,指導部はそういうことは言わない。もっと婉曲に,論理をがっちり組み立てて,そういうセンテンスは使わずに,その内容を言う。

「移民がいるからテロが起きる」「移民がいなければテロは起きない」にはたった一件の実例で反証可能だが,実際,「純粋なる英国人」が行なった「テロ」がある――「"David Copeland" Soho pub Brixton」で検索を。

あと,「移民問題」という“四字熟語”――ジャン・ポール=サルトルがかつて,「ユダヤ人問題とは,ユダヤ人を差別するわたしたちの問題だ」という内容のことを書いていたけれど(と,サルトルなどろくに読んだこともないくせに引用してみる<強烈に覚えているからね),「移民問題」とは何か,これを明示しないで「移民問題」を自明の「問題」であるかのように書くことは問題である。(うわ,日本語が崩壊した。)

このような形式のコラムで,字数制限が厳しいことは十二分にわかる。しかし,だからこそお願いしたい。多くの人々が「わかったような気になっていること」を,その人たちを「わかったような気にさせた」表現で語らないでもらいたい。

# 私,「移民問題」とかいうの見ると,どうも「マイナスイオン」とか「クラスター水」とか「ゲーム脳」とかを思い出すんだよね,その用語の持つ機能という点で。

(以下,この「ショックだろう」の推論に基づいた記述が延々と続いていて,それはそれで問題なのだが,とりあえずその点はスルー。長くなるので。)

首謀者の国外逃亡説もあり、イスラム過激派との関係はまだはっきりしないが、実行犯四人のうち、十九、二十二、三十歳の三人は、英国中部の都市リーズの、パキスタン、バングラデシュからの移民が多く住む貧しい労働者街の住人だった


ここが最大の「ちょっと待った」ポイント。「移民が多く住む貧しい労働者街」のところね。

まず「労働者街」。「労働者」は英国の社会を知ってないと,ほんとの意味がわからない用語のひとつ。簡単に説明すれば,「労働者」で表されるのは,「ミドルクラスやアッパークラスではない」ということで,要するに「一般人」ということだ。日本で発行されている旅行ガイドブックなどには,ある種のユーフェミズムでなのか,「庶民」と表記されているが,実際そういう意味だ。

「労働者」とは英国の「階級社会」を前提にした用語であり,同時に,左派が「生産手段を所有しておらず,不労所得も得ていない人々」をひっくるめて呼ぶときに使った用語でもある。

「貧しい」はdeprivedと表現される(poorはあまりに直接的すぎるので,あまり使われない)。

「移民の多いdeprivedなエリア」は確かにある。彼らの住んでいたLeedsのBeeston地区も,おそらくそういったエリアのひとつなのだろう。

しかし,「移民が多く住む」から「deprived」なのか,あるいは「deprivedで土地評価額が低く,家賃が安い」などの理由があって「移民が多く住む」のかは,ニワトリと卵論争になると思う。「移民」って言ったって,特定の1つの集団じゃないのだし。

けれども,「移民が多く住む貧しい労働者街」という表現には,何かを検討した形跡がまるでない。ただ,「移民」と「貧しい労働者」が等価で並べられている。

「貧しい労働者街」は,一般的にいえば,ミドルクラス以上(あるいはアッパー・ロウアー・クラス以上)は,あまり積極的には住みたがらない。それだけだ。

# 「首謀者の国外逃亡説もあり、イスラム過激派との関係はまだはっきりしないが、」から,その後への流れなど,ツッコミ入れたいところはほかにもあるが割愛。

英国やドイツ、フランスは戦後復興のため、旧植民地のアフリカやアジア諸国から多くの移民を受け入れた。一九七〇年代以降制限したが、家族の呼び寄せなどでその後も増え続けた。それが国内の貧困層との軋轢(あつれき)を生み、失業や、犯罪の増加とともに、政治的不安定要因となった


……もうどうしたらいいのかわからんよ。

これはBNPのパンフレットですか?

「政治的不安定要因となった」のは,「国内の貧困層」でしょ。「それ」(=移民の増加)ではなくて。

ってか,「国内の貧困層」って何だろう? 白人貧困層のこと? 

疲れたのでこれはここでストップ。

英国BBC放送のプロデューサー、ジェシカ・ウィリアムズ著『世界を見る目が変わる50の事実』(草思社)は、英国内には三百万台の監視テレビカメラ(CCTV)があり、ロンドン市民は三十もの監視ネット網によって一日三百回撮影されているとのデータを紹介。それ自体は今回の迅速な捜査に結実するが、監視社会の怖さを警告する


この部分は,前とのつながりがまったく不明。特に「監視社会の怖さを警告する」という結びの支離滅裂さは特筆に価する。

# いや,ジェシカ・ウィリアムズは確かにそういうことを言っているのだけどね。(私は著書は読んでいないが,BBCで検索すれば彼女のレポートが読める。)

そして,「何が『さらに』なのだろう」という怒涛のエピローグ。

さらに恥ずべき事実として、英国の子どもの三人に一人が貧困水準で、七〇年に比べて三倍に増え、先進国の中でもっとも割合が高いこと。貧しい子どもの精神疾患は富裕層の三倍もあるとのデータも示す。テロ事件の遠景に貧富の格差があると示唆する。


「恥ずべき」は英語からの直訳でしょうけれど,もう少し何とかできないんでしょうか。ネイティヴ日本語スピーカーとしてお願いします。翻訳記事じゃないんだからさ。

「貧困水準」「精神疾患」は,私に余力がないのでツッコミ省略。一言だけ言っておくと,英国内の“南北問題”のこととかいろんな要素を考えない限りは,「貧困水準」は「政治の失敗」をしか語らないし,「精神疾患」に至っては,どうしてここに持ち出すのかまったく意味不明。

そして,最後の「テロ事件の遠景に貧富の格差があると示唆する」。……何が? 何が示唆するって? 主語がありません。

ジェシカ・ウィリアムズ著『世界を見る目が変わる50の事実』は,日本語版は2005年4月に刊行されている。原著である"50 FACTS THAT SHOULD CHANGE THE WORLD "は,UK版は2004/05/06に出ていて(データ<amazonですがアフィリエイト外してます),すなわちこの本が,2005年7月7日に発生した「テロ事件」について,「遠景に貧富の格差があると示唆する」ことはありえない。細木数子じゃあるまいし。

「示唆する」と思ったのは――そう読み取ったのは,この文章を書いた人だ。BBCのジャーナリストじゃない。

自分の考えや判断を述べるのに,もっともらしく,BBCジャーナリストの著書を引っ張り出す。「恥ずべき」ってのはこういうことに使うのだよ。そうじゃないか?

あー,疲れた。

以上,「うきーっ」となって勢いで書いたので,雑な部分とかあると思います。

っていうか,日本の報道,どれもこれもBNPか保守党みたいで,もうやだ。
posted by nofrills at 19:22| todays_news_from_uk/07july2005 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。