2004年11月11日

殉教戦士たちとの対話:Ghaith Abdul-Ahad@ファルージャ

以下,teanotwar.blogtribe.orgとのダブルポスト。昨日から今日にかけて読んだものの中でワタシ的には最高。これを取材してこれを書いたGhaithにrespectを。

なお,コメントにはお答えしている余裕がないと思われますが,誤字脱字のご指摘はがんがんお寄せください。

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9日付けガーディアン掲載,元ブロガー"G in Baghdad"こと,ジャーナリストのGhaith Abdul-Ahadのファルージャ取材記事。Raed Jarrarさんの言葉を借りれば,religious freaks「宗教バカ」な人たちに,Gがインタビューしています。

なお,Gはイラク人ですが,ムスリムではありません。クリスチャンだったと思います。(←記憶に頼ってます。彼のウェブログを読み返せばわかるのですが……それかSalamのウェブログ。)--------記事ここから----------

'We are not here to liberate Iraq, we're here to fight the infidels'
Ghaith Abdul-Ahad in Falluja
Tuesday November 9, 2004
http://www.guardian.co.uk/international/story/0,,1346697,00.html

ファルージャ。建設途中の家の前庭で,十人と少しの戦士たちが半円をえがいて座っている。カラシニコフを膝に抱き,クルアーンを手に持って,彼らは私たちをいぶかしげに見つめる。

沈黙が,迫撃砲の音で途切れた。爆発のたびに,戦士たちは「アッラウ・アクバル」と叫ぶのだった。

ついに,ムジャヒディーンが話し始めた。「で,あなた誰?」「何をしてるの?」「どうしてでっかいカメラ持ってるの?」

だが彼らの興味のあることといえば,ほとんど,私たちをイスラームに改宗させることだった。もうひとりの戦士が姿を見せたとき,彼らはまだ私に向かって,地獄の苦しみを事細かに説明していた。この戦士は背の低い痩せたティーンエイジャーだった。白いパジャマ姿で,会話を聞きながら目をこすっていた。

「何をしているの?」と彼は戦士のひとりに尋ねた。

「イスラームについて説教してやってんだ」と戦士が答えた。

「どうして? この人たちムスリムじゃないわけ?」

「ムスリムじゃないんだ。」

若い男は当惑して別の戦士を見つめ,こう言った。「じゃあ,どうして殺さないの?」

「今はできない。停戦中だからな」と戦士が言った。

この戦士たちはタウヒード・ワ・ジハードに所属している。イラクで吹き荒れる暴力のほとんどを自分たちがやったとしている集団だ。こういった男たちを全滅させることが,米軍のファルージャ攻撃の第一の目的だ。

最初,彼らはみな同じように見えたし,振舞いも同じだった。スニーカーを履き,ジャージ姿でイスラームを説く若い男たち。時間が経つにつれて,彼らは緊張を解き,自分たちが誰なのか,どうしてここにいるのかについてオープンになった。

彼らが別々の土地から来た,別々の夢を抱いた人々の寄せ集めであることが,明らかになった。

ここでは2種類のムジャヒディーンが,便宜上,とりあえず仲良く同居している状態だ。

1つは新世代のジハード・ディアスポラのアラブ戦士たち。アラブ全域からきた,西洋によって抑圧され疎外されていると感じている教師や労働者,学生たちだ。彼らはイラクに殉教の夢を抱いてやってきた。

もう1つが,ファルージャ出身のイラク人戦士たち。自分たちの国を占領している軍隊と戦っている。

彼らは5人のサウジ人――自分たちでは「半島の者」と言っているが――と3人のチュニジア人,それからイエメン人が1人だった。残りはイラク人たちだ。

ほとんどの時間,読んだり祈ったりしていないときは,彼らは死について語っていた。だが怖いものとしてではない。楽しみにしていたのだ。彼らは殉教者は痛みを感じないのだとか,天国では何人の処女を与えられる,といったことを話していた。

彼らのひとり,サウジ・アラビア出身の若い教師に,どうして来たのかと訊いてみた。彼はクルアーンの章句を読み始めた。ムスリムにジハードをせよと説く章句だ。彼は殉教の重要性について読んだ。20分後,彼は別の戦士の方に私を向かせた。ひげのある,声のやわらかい,年上の男だった。名前はアブ・オッサマでチュニジア人だと言った。

「我々がここにいるのは,2つのうちのどちらかのため――すなわち,勝利か殉教かのためだ。どちらもすばらしい」と彼は言った。

「最も重要なのは我々の宗教である。ファルージャではない。占領ではない。アメリカ兵がここにきてイスラームに改宗すれば,戦わない。我々はイラクを解放したくて来たのではない。我々は,神を信じない者どもと戦い,イスラームの輝かしい名を打ち立てるために,来たのである。」

彼はジハードについての彼の理論を説明し続ける。「我々が彼らに抵抗するから,彼らは我々をテロリストと呼ぶ。真実を守ることがテロリズムであるならば,我々はテロリストである。」

突然,大きな銃声がした。あの若いサウジ・アラビア人の教師が,マシンガンを取りに走っていった。首の周りに弾薬ベルトを巻きつけて,彼と若いチュニジア人はRPGの発射装置を持って外に走り出していった。

サウジ・アラビア人は塹壕にたどり着いた。そして彼のコーランを開き,しばらく読んで,それから彼のマシンガンを水平に向け,安全装置を外そうとした。

数分間,彼は銃をいじっていたが,それから私の方を向いてこう言った。「これ,どうやったら動くのか,わかる?」

アブ・ヤッシールは,背が低くがっちりとした中年のイラク人で,灰色のひげをしている。彼がこのグループの「アミール」すなわち司令官だ。彼はほかの者よりも経験のある戦士で,ほかの者の面倒を見ている。

断食があける時刻になると,男たちは大きな皿に食べ物をあけ,冗談を交わしながら,米を手の指ですくっていた。こいつらは毎日一般市民を吹き飛ばしてるんだぞ,ということを,意識して思い出していなければならなかった。

食事のあと,アミールが彼のことを話してくれた。

彼は退役将校で,発電機を製造する事業をしていた。サダム・フセインが去り,バアス党政権がなくなったことは喜ばしいことだった。

しかし,彼は言うのだ。「時間が経過し,占領がよりはっきりと見えるようになるにつれて,以前に増して愛国的な感情がどんどん大きくなっていった。アメリカ人が私たちの街区をパトロールしているのを見るたびに,ますます侮辱を感じるようになった。」

ファルージャやそのほかの土地の地元住民が,小さなセルへと組織化して,アメリカ人を攻撃し始めた様子を,彼は説明してくれた。

「ただ単に,私たちの町から出て行ってもらいたかっただけだ。最初は月に1度の『仕事』だった。IED(爆発物)をしかけたり迫撃砲を撃ったりね。それ以外のときは普通に仕事していたよ。だがそのとき,アメリカ人が我が国を占領している限り,私にできるのはジハード以外にはない,と悟ったんだ。」

彼は店を閉め,事業を売り,その金を戦士のグループのスポンサーになることに使った。

「ファルージャの人々は何も関係のない人々を殺すことを嬉々としてやっていると世界が思いこんでいる。しかしそうではない。コラボレイター(スパイ)やアメリカ人のために働いている者を処刑するときでも,気の毒にと思うし,時には泣くこともある。しかし,これは戦争なんだ。」

私たちはたくさんある空き家の1軒に泊まったが,始終爆発音が聞こえていた。突然ものすごい爆発があり,私たちは外に走り出した。

戦士たちは既に通りに出ていた。爆発音を聞くたびに「アッラウ・アクバル」と叫んでいた。そうすればミサイルが外れると信じて。

暗闇のなか,私たちはモスクにたどり着くまで歩いた。そしてそこで,激しい爆撃を聞き,砲弾の破片が壁に当たるのを聞きながら,1夜を過ごした。

翌日,ムジャヒディーンは数日間過ごしていた家を後にした。アメリカ軍に居場所を突き止められたと思っていたのだ。

そこで彼らは最後の戦闘態勢をとり,仲間のひとりである若いイラク人を,ユニットの殉教者に選んだ――つまり,アメリカ兵のとなりで自爆することを仕事とする戦士に。

アミールが私に言った。「私たちが望んでいるのは,アメリカ人に出て行ってもらうことだけ。そうすればすべてうまく行く。クルド人はイラクから分離するなんてことを言わなくなるだろうし,シーア派はスンニ派とカタをつけなければならないなどとは言わなくなるだろう。すべての県で地方議会が選出され,これらの議会が1人の大統領を選ぶだろう。」

「こういうのが,私たちがデモクラティックと見なす選挙だ。アメリカの選挙ではない。」

しかし,と彼は言う。「私たちは今ここで包囲されている。感情的には大勝利だ。しかし戦略としてはまずい。アメリカ人がここに来て私たちを全員殺すことは,とても簡単だ。」

※文中,太字は翻訳者がつけた。

--------記事ここまで----------

Gは,9月12日,バグダードのハイファ・ストリートの一部始終を目撃し,自身も頭に負傷しながらシャッターを切り続けていました。彼の育ったイラクを,バグダードを,こんな状態にした者たちへの「どうしてだ?」という思いは,とても大きいと思います――米軍だけではありません。彼がファルージャで話をしたこのジハディストたちもそうです。

しかし彼は,食事をしながら,「こいつらが罪のない市民を毎日ふっ飛ばしてんだ」ということを,常に意識していなければならなかった。つまり,意識していなければ忘れてしまいそうだった。一緒にメシ食って冗談飛ばして,がははがははと笑っていたのでしょう。

ジハディストは元々イラクにいたわけではない。彼らがこんなにものさばってしまったのはなぜか,「俺の町は俺が守る」という人までもがジハディストになってしまったのはなぜか,それを考えなければ――ジハディストたちを「無辜の民衆を殺戮するテロリスト」と非難しているだけでは,どこにも行きつかないのではないか,と私は思います。

この記事に出てくる人たちは,おそらく,この先生きることは,まずないでしょう。

記事を書いたGhaithに,感謝と祈りを――宗教とか関係なく,人間としての祈りを。シンボルの要らぬ思いを。
posted by nofrills at 17:37| voices_from_iraq | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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