2004年02月17日

日本語化〜Salam Pax, February 12, 2004

米国のCato Instituteの方が書いたものを読み,2003年2月に衆議院議員の河野太郎さん(自民党)が書いたものを読んで(転載自由なのでここにあります),Salam Paxさんのblogを読む。なので頭の中はかなり忙しい。その前にFiskやら何やらも読んでいる。情報処理能力の限界に挑戦って感じだ。Salam Pax, Where is Raed?, Thursday, February 12, 2004
※以下はかなり雑な日本語化。1月に「何語にでも訳してください。許可を求めるメールは不要」とあったので勝手に日本語化します。

初めてイラクにいる米兵からメールをもらった時には,どう反応していいのかわからなかった。最近は米兵のblogもいくつか読んでるし,時々メールのやり取りをしてる人すらもいる。で,【北部にいる米兵】さんに返事を書いていたんだが,blogに載せることにした。
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ああそうそう,【北部にいる米兵】さんへ,あなたが「アメリカの占領軍のひとり」であることは僕には気にはなりません。なぜなら僕はあなたのことを「占領軍」と考えていないのだから。あなただって故郷にいた方がいいだろうし,誰かが行けと言ったからここに来ているまでなのだし。
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【北部にいる米兵】さんのメール:
正しい答えとは?
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サダムを追い出すこと(そしてそのためには戦争が必要だった)――しかし戦後のマスタープランに沿って本当の意味で世界がまとまった形で――なのでしょうか? 他にサダムを追い出す方法があったのでしょうか? それともサダムは政権にとどめたまま,国際社会から孤立させて現状維持をさせておくべきだったのでしょうか? ほとんどのイラク人がサダムには去ってもらいたいと思っていたことはわかっているのですが,イラク人がサダムを権力から追い落としたのではと考えることは現実的なのかどうか? 私が思うに――けれども確信しているわけではないのですが――サダムはものすごい権力を集中させていて,イラク人自身にはどうすることもできなかったということなのでしょうか? イラクの問題は最初からイラクの人々に完全に任せておくべきだったと(そうすれば戦争にはならなかった)?
あと,アメリカって権力がありすぎるのでしょうか? 普通はその権力でいいことをしているのではないでしょうか,それとも援助する一方でめちゃくちゃにしているのでしょうか?
《メールはここまで》
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この米兵さん,小理屈を信じてない感じだね。
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何が為されるべきだったのかを話し合うことに意味はない。戦争はもう1年も前にあった。そして僕たちはその結果に対処しなければならない。話し合いの時間ならもっと早くにあった。決定を下した時に。
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僕は相当に現実的(pragmatic)な考え方をする。ラエドは僕のことを「クソバカ現実野郎」と呼ぶ。どんなひどいことが起ころうと,僕はそれはそれとして対処する。後悔はしない――ま,ほとんどの場合は。しかし話し合いとなると……。
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※読者のみなさん,お願いですから罵詈雑言メールで僕のメールボックスを溢れさせる前に,僕にちょっとだけ時間をください。メールボックスを整理しないと,せっかく書いてくださる批評も受け取れないので。
【訳注:この人のこういうセンスが好きだったりする】
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戦争に至るまでの課程で何が一番いやだったかっていうと,米国政府の行動。サダムがどんな奴だったのかを知ってびっくりしました,みたいな。んで,放ってはおけない,そろそろお手手をぴしゃりとやってお灸をすえなきゃ,って。
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サダムの蛮行についてまとめられた文書があれやこれやと国際社会にお目見えした――まるで新しく判明した驚きの実態といわんばかりに。
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ばかばかしい。
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米国政府がこれらの記録や文書に入れなかったのは,この怪物サダムを育てるのに米国自身がいかに関わったかということだ。予想外にでっかくなってしまったから排除しなければと考えたわけだ。
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ほかにサダムを政権から去らせる方法があったかだって? あああったさ。だけど当時米国政府はそういうことは必要だと思ってなかった。湾岸戦争直後に起こっていてしかるべきだったんだ。舞台装置OKで役者は揃っていたんだから。イラクの3分の2がサダムの勢力下になかった。人々の間には自分たちで何かをしたという感覚があった。本当に誇りを持った革命で,今みたいに外部の人間に助けられなきゃならないような,恐れおののいている人々ではなかった。
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しかし米国政府は何を選択したか?けっ。米国はサダムがシーア派の処刑を始めることを許した。ひどい処刑だった。そのおかげで国には深い傷が残り,それが癒えるにはこの先も長くかかるだろう。政治的状況だってあの時米国がああいう選択をしなければもっと楽になってただろう。シーア派とスンニ派の争いは今のように大きなものにはなっていなかった。イラクにはまだインテリ階級が存在していた。彼らは今では政治難民だとか経済難民として世界に散らばってしまっている。サダムから逃れるために,そして戦争と経済制裁で困難な状況に陥っていたイラクの経済状況から逃れるために。
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だが,上に書いたように,済んだことはもうどうにも取り返しがつかないのだから,今のことに対処しなければならない。
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「それともサダムは政権にとどめたまま,国際社会から孤立させて現状維持をさせておくべきだったのでしょうか?」との問いだけど,それってまさに当時のブッシュ政権がやったことでしょ。
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だけどあのやり方はサダムを孤立化させただけではなく,イラクの人々を孤立化させて,サダムにより大きな権限を与え,イラク人の生殺与奪を思うがままにさせた。僕たちは僕たちの面倒を見てくれるわけでもない政府におんぶにだっこになってしまった。
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ともあれ,そんなことは今はどうでもいいんだ。サダムはいなくなった。おかげさまで。でその価値はあったのか? あった。外国の介入なしにサダムを引き摺り下ろすことができないくらいになっていたことはみんなわかっている。ただ,もっとちゃんと計画をしてくれていればと思うだけだ。
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で,これで僕が「I love Bush」Tシャツを着てるってことになるかっていうと,違う。僕は政治に利他精神なんかあるわけがないと信じているし,ブッシュの世界観にはぞっとする。
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僕が本当に心から望むのは,イラクにいるあなたたち兵隊や米国の市民が高いコンクリートの壁に隠れていなくてもよくなる日がすぐに来ることだ。あんな重いフラックジャケットを着てなくてもその辺を歩くのを安全だと感じる日がすぐに来ることだ。カラーダ・ストリートの喫茶店で座ってあれこれ語らうことができる日が。
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イラク人の課題は多い。だからもうちょっとつきあって,それを乗り越える手助けをしてほしい。より深刻な課題のひとつは,イラクは,イラクを戦場として利用している多くの政治的・宗教的派閥にとっての開かれた運動場になっているということだ。
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【北部にいる米兵】さん,こんなところです。ところであなた,blogはやってないんですか?


※Salam Paxさんのところで違う文字色で書いてたRaedさんは,1月22日に「真っ白に燃え尽きた」と書いて以来はblogには書いていませんが,そのうちに独立して別のblogを始めるようです。(Raedさんのご兄弟のメールより。)
posted by nofrills at 00:36| voices_from_iraq | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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