2006年02月23日

イラクは内戦の一歩手前まで来ているのか。

英国のジャック・ストロー外相がイラクを訪問し、政府のトップとあれこれ話をした。「セクタリアン・ディヴァイドが広がったらまずいよ」的な話をしたらしい。が、そう言った矢先に、サマラ(バグダードの北西100キロくらい?)にあるシーア派にとってはシンボリックなモスクのシンボルの金のドームが、スンニ派反乱勢力によってめちゃくちゃに爆破された。シーア派はこれに抗議し、また一部は「反撃」に出た。スンニ派の人が6人殺された

遠く離れた南部の都市バスラでは、ガンマン(複数)が刑務所を襲撃し、「スンニ派反乱勢力」を11人連れ去って殺した

ガーディアンのNewsblogでは「内戦に一歩近づいた」と言っている。

私もそう思う。ついに「シンボルの破壊」が行なわれたのだ。これは宣戦布告に等しい。

……という具合に、私が読んだ記事をほとんど片っ端から「はてブ」に放り込んで、このウェブログはペースを落としている間に、イラクは決定的な局面を迎えている。今はちょっとつらいので、イラクのブログを読む気になれない。占領に対するスタンスがどうであれ、私がこれまで読んできた限り、英語で書かれているイラクのブログで、「ブッシュ政権」や「テロリスト」を激しく非難するものはあっても、「シーア派」を、あるいは「スンニ派」を非難するものは、なかった。

今のイラクの首相(先日改めて就任したばかりだが)のジャファリは、ただ単に自身がシーア派であるというだけでなく、シーア派の宗教政党のバックアップがなければ立ってられないような政治家だ。

先日のNHKスペシャルでジャファリが宗教政党の集まりの前でしゃべる光景を流していたが、対外的な顔とは別の顔をしていた。

映画『ホテル・ルワンダ』の中で、取材に訪れたアメリカ人ジャーナリストが誰と誰が対立しているのかを質問する場面がある。つまり、ツチとフツの違いとは?と。

それを聞かされたジャーナリストは、隣に座っているおねーちゃん2人組に「きみはツチ? フツ?」と尋ねる。

「私はツチ」。「私はフツ」。2つの答えを聞いたジャーナリストは「まったく区別がつかないや」と肩をすくめる。

作られた「違い」は、あるいは突然“意味のあるもの”にされた「違い」は、それが政治的なツールとして利用されるにしたがって、「あらかじめあったもの」に変容していく。

一方は「虐げられてきた多数派」、一方は「少数派のくせに政治を独占してきた」というように。

ジャファリが宗教政党の前で演説していたNHKスペシャルで、取材班が訪問したバグダードのある家族は、夫がシーア派、妻がスンニ派だった。

お祈りの時間、ふたりは並んでお祈り用のラグを敷いて、並んでお祈りをしていた。同じように。

これ以上に分断されないよう、当事者にがんばってもらいたいと思うことしか、私にはできない。なぜなら私は当事者ではないのだから。

無力である。

私にできることといえば、イラクの人に「あなたはスンニ派ですか、それともシーア派ですか」と尋ねないことによって、「分断」を認めない外国人という立場を示すことだけなのだから。

こうなってしまったときに、外部の者にできることなどなにもない。

映画『ホテル・ルワンダ』で、集団でバスに乗せられ、国外退避をしていく「外国人たち」は、バスの窓に張り付いて、無念であるという気持ちをあふれさせていた。

「残された」ルワンダの人々は、篠突く雨の向こうで、力を落として立ちすくんでいた。
posted by nofrills at 14:02| i_dont_think_i_am_a_pacifist/words_at_war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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