2004年09月28日

イラク駐留米軍人が冷静に語る「我々が勝てない理由」

例によってあっちと二重投稿。アクセスできない場合の予備,みたいな位置付けで。2004年9月20日に,現在イラクにいる米軍人がネットで発表したWhy we cannot winという文章。まあとにかく読んでください。

なお,これはSalam Pax weblogのコメント(来訪者が投稿したもの)から発見しました。Salamのところにコメントしてくれたどこかの誰かに感謝。

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我々が勝つことのできない理由
Why we cannot win

http://www.iraq-war.ru/tiki-read_article.php?articleId=23813
By: Al Lorentz on: 21.09.2004 [22:03]

2004年9月20日"LewRockwell.com" ――話を始める前に言っておきたい。私は現在イラクで任務についている兵士である。つまり,私はアームチェア・クオーターバック(現場に出ずに戦略や兵法を考えたり論じたりしている者)ではない。また私は,政治的な理想を抱いたナイーヴな若い兵士ではない。私は20年近く軍服を着て,年齢を重ね経験を積んだ下士官である。さらにまた,私は戦争についてはっきりした認識のない兵士ではない。私は占領地の民政の任務についており,それゆえ,この国で起きているすべてのこと,とりわけ私の担当地域での出来事を認識しておくことは,私の仕事である。

私は,我々がここで勝つことはできないという結論に達した。それには多くの理由がある。イデオロギーや理想主義が,歴史と現実に勝つことは,けっしてない。

我々が任務につく準備をしていたとき,私は若い兵士たちに,「政治的解決」に気をつけておくようにと告げた。実際の状況をコントロールしていると思った時に,誰かが政治的方針を携えてやってくる。そのために,うまく進んでいると思っていたその軌道から放り出されてしまうのだ。

私は,我々はこの違憲・非合法の(un-Constitutional)イラク侵略に勝つことができ,おそらくは,この主権国家の占領と征服――それは侵略よりもっと非合法なものだ――を成功させることができたかもしれないと考えている。デモクラシーに対して何の願望もなく,理解も敬意もないように見えるこれらの人々に対しデモクラシーを押しつけることさえ,可能であったかもしれない。実際,これらすべてを成功させることは大きな賭けであり,何千億ドルという金が必要とされ,これまでに出た犠牲者に加え,さらに多くの犠牲者が必要とされたであろう。しかしそれでも,可能ではあったはずだ。現実的であるとか必要であるというのではなく,可能だったということだが。

では次に,なぜ我々がイラクで勝てないか,その理由を個別に上げていこう。

まず第1に,我々は現実を相手にすることを拒んでいる。我々はゲリラ戦を行っているが,政治が原因で,我々はこれがゲリラ戦であると明言することを禁じられ,そして,整然と我々に対峙し,ますます効率的になってゆくゲリラ軍を「テロリスト,犯罪者,希望もなく自暴自棄になった者」と呼ばなければならない。

このことは,事態がゼロ・サム・ゲームなのだということを示唆している。つまり,我々は敵X人を殺す,すると戦闘は終わり,任務は完了し,みなが勝つ。だが残念ながら実際にはこうなっていないのだ。我々が思い通りに使える道具は少なく,それらはゲリラと戦うためにはまったく使えないものだということがはっきりとわかってきつつある。

ゲリラ軍と闘うことの裏にある理念とは,ゲリラを全員殺すことではない(日中はゲリラは一般人の中に隠れているのであるから,それは不可能である)。むしろ,ゲリラ戦の理念とは,ゲリラを支持する基盤をぼろぼろにすること,もしくは崩すことである。

ゲリラに対する支持がある限りは,1人を殺せば,2人が立ち上がり,殺された1人の後を継ぐ。より重要なことには,そのゲリラを殺すのに使った道具が精密誘導弾薬や空爆など,一般市民の犠牲をうむものである場合,ゲリラへの支持を高め,自身の支持を下げているのである。(500ポンド誘導爆弾は,最小で半径400メートルの範囲で犠牲者を出す。計算をしなさい。)

第2に,平均的イラク人に動機を与えるものについての我々の想定は誤っていた。これもまた,政治的に動機付けされた「専門家」によって歪められていたのだ。我々はファンタジーを抱いてここにやってきた。現地人は無知蒙昧で,泥の家に住みラクダに乗り,彼らは道の両側に並んで我々に薔薇の花弁を浴びせ,椰子の葉を道に敷き,永遠に感謝してやまないであろう,というファンタジーを。実際,現地の人々からの支持や敬意があった時期もあったが,我々正規軍の占領が何ヶ月単位で続き,その結果,かつては友好的だった人々も,最近は敵意を抱くようになってしまった。

この点についての考えを正そうとする試みは,無益である。現地の人々が我々をますます嫌いになっているばかりでなく,ますます怒りをたぎらせ,敵意を公然と示すことも多い,という事実を指摘することは,政治的に正しくない。現地の人々が怒りや不満を抱いている理由を述べる代わりに,我々はワシントンの政治家たちが我々に対し,がんばってこいと肩をたたき便利な理由を述べるのを許している。そしてそれらの便利な理由は,現実とは似ても似つかないものである。

現地の人々が怒り心頭なのは,敵意を抱き攻撃的で怒った軍に彼らの国を占領させているからではない,と我々は言われる。現地の人々が怒り心頭なのは,我々が作った警察国家や,あるいは,彼らに代わって彼らの代表を選出したことに対してではない,と我々は言われる。そうではなく,我々は,一握りのテロリストや犯罪者,自暴自棄の者どもが彼らの中にいて,そのために現地の人々は怒っているのだ,と言われる。そして,「左翼メディアの偏向」という例の都合のよい架空の議論も,彼らの怒りの原因だと言われる。

第3に,ゲリラたちは失った分をすぐに補充している。我々がゲリラに損失を与えるよりもはやく。これはゲリラ戦においてはほとんど常に当てはまる。とりわけ,ゲリラとの戦闘における戦術(tactics)が,ゲリラへの支持をぼろぼろにすることではなく,ゲリラを殺すことに向けられている場合にはそうなる。我々は,「スマート・ボム(smart bomb)」でゲリラを殺すごとに,ゲリラよりずっと多くの何の関係もない市民を殺し,イラクのコミュニティの中に激情と怒りを引き起こしている。この激情と怒りは,結果としてテロリストの増加につながり,我々へのサポートは減る。

我々はまたもや,ボディ・カウント・メンタリティに陥っている。我々は一般市民の犠牲者を戦争の必要と位置付けようという姿勢を示している。しかし,その同じ犠牲者が,我々に対する憎悪の波を創り出すことには気付いていない。イラク市民たちがこのような怒りを抱いていることは,ゲリラ軍への入隊者が増えることばかりでなく,ゲリラ軍への支持がより拡大する結果となるのに。

第4に,彼ら(ゲリラ)の補給線および連絡線は,我々のものと比べずっと短く,またずっと攻撃に強い。我々は必要とする物すべてをこの地に輸入しなければならない。これには費用がかかり,また危険である。物資を空輸するのであれトラックで輸送するのであれ,攻撃されれば弱い。とりわけトラックでの輸送される物資はそうである。これは補給が寸断される可能性を増すのみではない。豆であれ銃弾であれ包帯であれ,すべてが際限なく費用がかさんでゆく。

【訳注:「豆であれ…」の部分は,原文ではEvery bean, every bullet and every bandage と頭韻を踏んでいる。よって,豆,銃弾,包帯に深い意味はない。】

逆に,ゲリラには補給はふんだんにあり,また,補給を受けるための非常に洗練されたネットワークを構築しているというありとあらゆる徴を示している。さらに,彼らには家族や友人,また伝統的な宗教ネットワークの緊密なサポートという利がある。

第5に,我々は常に敵とその能力を甘く見ている。多くの軍司令官が,ここで誤った戦争としか言いようのないものを戦う準備をしてきた。

我々の戦術は戦場には適合しておらず,我々は地歩を失いつつある。

一方で敵はその戦術をアップデートし,著しい粘り強さと順応性を示している。

(米国の)現政権は,現実のことを考えるよりも,ずっと,イメージのことを考えている。このため,政権は実体よりもシンボリズムを好む。実体とは,ここで死んでゆく兵士たち,手足を失い,一生にわたって五体不満足の身となる兵士たちだ。我々の選挙された公僕たちが,歴史に関心がなく非合法なアジェンダを追求するために,血と財産だけでなく,我が国の威信と名誉を生贄とするのにこんなにもご執心であるとは,悲劇的である,いや,犯罪的である。

この違憲・非合法な(un-Constitutional)任務が,合衆国憲法(Constitution)を遵守すると誓った私のような一般国民の兵士(citizen soldiers)によって行われているということは,ますますもって皮肉である。そして憲法を遵守するという誓いは,総司令官ご自身も誓っているのだ。

2004年9月20日

筆者のAl Lorentz(メールはalorentz@truevine.net)はthe Constitution Party of Texasでstate chairmanを勤めた経歴があり,現在はイラクの米陸軍で任務についている予備役兵士である。

*translated by: nofrills, 28 September 2004
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この記事が元々投稿されたLewRockwell.comは,トップページの一番上に,anti-state, anti-war, pro-marketというスローガンを掲げています。つまり,「徹底した自由主義」(個人は国家によって管理されない)。

このウェブログ【←http://teanotwar.blogtribe.org/のこと】では7月11日に「イラクのレジスタンスを軍事的に打ち負かすことはできない」として米軍の見解を伝えています(posted by 益岡さん)。
米軍は、今や、イラク人のレジスタンスが、米軍がこれまで見積もっていたよりもはるかに規模の大きいものであることを認めた、とAP通信は伝えた。米軍士官の中には、レジスタンスはイラク人の間で非常に大きな支持を得ているので、それを軍事的に打ち負かすことはもはや可能ではないと言う者もいる。
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何カ月ものあいだ、米国は、イラク人レジスタンスの数を約5000人と述べていたが、現在では2万人近いと推定されている。また、レジスタンスは、ほとんど完全にイラク人自身によるもののようである。「USAトゥデイ」紙が報じたところでは、イラクで米軍に拘束されている6000人のうち、外国人はたったの2%に過ぎないという。


今回9月に占領軍の内部から「現実はこうだ,だから我々は勝利できない」という冷徹な(=“アメリカン・ドリーム”で踊っていない)意見が出たことは,そしてこの軍人の記述の中にあるフラストレーションを読み取ることは,大本営発表を読んで「あーら,またテロ〜。いやぁねぇ,いつまでたっても進歩しないわねぇ。もっと生産的なことができないのかしらぁ」とか言ってるより,ずっとずっと意義深いことではないかと,私は思います。
posted by nofrills at 16:29| voices_from_iraq | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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