2004年08月14日

解放された英国人記者の会見の模様。

バスラで発生した英国人ジャーナリストの拉致と解放について,解放後の記者会見の記事です。

Kidnapped UK journalist released
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/3563032.stmKidnapped UK journalist released
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/3563032.stm
Last Updated: Friday, 13 August, 2004, 20:16 GMT(日本時間14日午前7時16分)

バスラのホテルから拉致された英国人ジャーナリスト,James Brandonさん(23歳)が解放され,イラク南部のUK officialsに引き渡された。
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Brandonさんは金曜日(13日)になってからムクタダ・サドル師のバスラのオフィスへ連れていかれて解放されていた。
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拉致実行犯たちはBrandonさんを殺害するとビデオで脅迫していたが,Brandonさんがジャーナリストであることがわかると丁寧に扱ってくれた,とBrandonさんは語る。
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Brandonさんは木曜日(12日)に,バスラのホテルの部屋から,顔を隠し銃を持った男たちによって拉致された。
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英国外務省の報道官は,Brandonさんの解放で外務省は「安心している」と述べ,「Brandonさんは安全で健康状態も問題なく,現在はバスラのBritish Officeに保護されています」と述べた。
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■「目出し帽をかぶっていた」 ←これを小見出しにする意味がよくわからないけど……「クフィーヤじゃなかった」ってことか?
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解放後急遽準備された記者会見で,ロンドン出身のBrandonさんは,拉致実行犯たちに感謝した。
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目のあざを隠そうともせず,Brandonさんはこう語った。「最初は乱暴に扱われたのですが,私がジャーナリストだとわかると非常に丁重な待遇を受けました。私を拉致した人々にありがとうと言わせてください。(原文:Initially I was treated roughly, but once they knew I was a journalist I was treated very well and I want to say thank you to the people who kidnapped me.)」
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拉致実行犯の中で顔がわかる者がいるかと訊かれ,Brandonさんは「いいえ,彼らは目出し帽をかぶっていたので」と答えた。
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記者会見中,Brandonさんの隣に座ったサドル師の報道官が拉致を謝罪し,Brandonさんにムスリムになってはどうかと言った。(原文:During the press conference a spokesman for Mr Sadr, seated next to Mr Brandon, apologised for the kidnapping and invited him to join the Muslim faith.)
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「あなたに起きたことについて,私たちは謝罪します。こんなことをするのは私たちの伝統ではないし私たちのルールでもない。これはイスラムの伝統ではありません」とサドル師報道官は言った。
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Brandonさんの母親のHilary Nassimさんは,会見後にロンドンの外務省の建物の階段に立ち,「長い一日でした」と語った。
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Nassimさんは「おそらくここでも現地イラクでも,息子を助けようとご尽力くださった方々が何百人とおられたことと思います」と言った。
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「息子とは電話で話しましたが,目のあざのことでジョークを言っていました。息子は喜んでいます。私は息子が解放されてただもう嬉しいです。」
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■サドル師の仲裁
拉致犯は当初,聖地ナジャフからの米軍の撤退を要求し,24時間以内に撤退しない場合はBrandonさんを殺害するとしていた。
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彼らは金曜日(13日)に,Brandonさんを撮影したビデオを2本公開した。
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1本目では,Brandonさんは頭に包帯を巻かれ,名前と職業を述べ,誘拐犯のひとりが殺害すると述べていた。
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2本目のビデオでは,Brandonさんには大きな青あざがあり,黙って座っていた。誘拐犯のひとりの声が,サドル師の仲裁があったのでBrandonさんを解放すると約束していた。
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サドル師は,ナジャフでの一時停戦で,1週間以上も続いたサドル支持者たちとイラク−米国軍とのひどい戦闘が終結したことで,仲裁に入った。
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Brandonさんが身柄を拘束されたのは木曜日の夜。警察官の服装をしたガンマンたちが(Brandonさんが宿泊していた)バスラのHotel Al-Diafaに雪崩れこんできて,ゲストブックを見せろと要求した。
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ホテル従業員のひとりがAPF通信に語ったところによると,「彼らのひとりが『外国人なんかホテルに宿泊させやがって』と言い,それから彼らは一斉に上の階へ行った」。
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「それから銃声が2発あり,数分して彼らは英国人ジャーナリストを引きずって行きました。彼は血を流していました。」
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■「常に連絡は取っていた」
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Brandonさんは,スコッツマンやインディペンデントにも記事を書いているが,今回は次のサンデー・テレグラフの取材のためにバスラに滞在していた。
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#スコッツマンもインディペンデントもリベラルな新聞,テレグラフは保守系。というわけで,どの新聞に書いていたかは問題ではなかったであろうと考えられる。
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サンデー・テレグラフのassociate editorのCon Coughlinさんは,サンデー・テレグラフでは殺害の脅迫を「出された瞬間から非常に深刻に」受け止めていたと語る。
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Coughlinさんによれば,サンデー・テレグラフはBrandonさんがバスラに行く前に「連絡は常に取って」おり,Brandonさんはバスラ行きの準備はぬかりないと請け合っていたという。
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ここ数ヶ月でイラクで人質に取られた外国人は70人以上になる。
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うち20人ほどがまだ拘束され,少なくとも8人の人質が処刑されている。


以下は私のメモ。

この記事から読み取れること:
1)英外務省は何らかの形で動いた(詳しくはこの記事には書かれていないが)
2)今回Brandonさんと契約していた新聞では,本人に安全かどうかを確認し,その上でバスラでの取材を依頼(あるいは契約)した

この記事には書かれていないけれど,他の記事に書かれていたこと:
1)Brandonさんはアラビア語ができるし,イラク滞在も長い
2)Brandonさんは昨年からイラクで新聞などのメディアの仕事をしている

記事に書かれていないとても重要なこと:
誰がサドルに仲裁させたか?(サドルに情報をもたらしたか?)

記者会見での「ムスリムにならないか」などと和気藹々めいた場面が記事に書かれていることにあまり深い意味はないだろうが(たとえば,北朝鮮拉致被害者の地村さんや蓮池さんが日本に戻ったときの記者会見を伝えるBBC記事では,「お父さんにおうかがいする前にお嬢さんと結婚してしまいました」というような「日本の習慣がバックグラウンドにあるちょっとほほえましい光景」が記事の中にしっかり書かれていた),拉致された被害者が「誘拐犯にありがとう」と述べ,拉致したグループの上の組織の報道官が「いやほんと申し訳ないことを」と述べている一方で,あんまり本質的なこと,すなわち米軍の撤退にはまるで触れていない。ナジャフでの停戦がバックにあることは確かとしても,サドルのメッセージは「ナジャフ」に限ったものではない。当面,最も神聖にして最も戦闘が激しいのは,1日で300人殺されるような規模の戦闘(あるいは作戦)があったナジャフかもしれないが。
posted by nofrills at 19:31| todays_news_from_uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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