2006年02月06日

英国は「拷問」に深く関与しているという告発。

2005年7月7日の爆弾に関連した者を探す過程で、ギリシアに移住しているパキスタン人28人が拘束され、「拷問」を受けた。

6日の夜8時からBBCのRadio Fourで放送される番組、Spies and Lies: An Athenian mysteryにおいて、その拷問に英国の諜報機関が関わっていると、パキスタン人たちが証言した。

http://news.bbc.co.uk/2/hi/programmes/file_on_4/4671462.stm

番組内容は上記サイトからストリームで聞くことができるし、MP3で落とせるようにもなっている。

英外務大臣ジャック・ストローは「事実無根(unfounded)」よりも強い表現、「まったくのナンセンス(complete nonsense)」を用いて、この「疑惑」を強く否定している。だが、英国政府の「まったくのナンセンス」という否定は、そのまま受け取れるものではない。

すでに事態が政治的な駆け引きになっているとかそういう生臭いこともあるが、それとは別に、ただ単に、1970年代、英国は北アイルランドでの「拷問」について、同じように強く否定していたこと、後になって「言葉遊び」で「それは『拷問』ではない、『激しい尋問のための方法』である」として逃れたことゆえである。

しかも拷問が行なわれた場所がギリシア。(英国とギリシアについては、ネット上のどっかに詳しく書いてあると思います。)

拷問被害者のあるパキスタン人は、「取調べはすべてギリシア語で行なわれていたのに、現場に英語しかわからない肌の色の白い人物がいた」と証言している。英語で話す黒人もいたという。

"I would have to assume the black officer was either from MI6 or Scotland Yard," said Brady Kiesling, a former political officer at the American Embassy in Athens, who has now retired from the US State Department after 20 years of service.


「拷問疑惑」渦中のアメリカの外交官が「その黒人はMI6かスコットランドヤードではないだろうか」と言うのは、たぶんにディプロマティックないしポリティカルなことかもしれないのだが。

28人が「取調べを受けた」のは、7月7日の事件の捜査で、彼らの電話番号が浮かんだからだという。英国の当局がギリシアに該当の電話の調査を依頼したと、ギリシアの当局者(公安大臣)は
述べている。

これでも「関係していない」と言うのだろうか、英国は。

言うだろう。英国だから。

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この件とは直接関係ないが、BBCのMagazineに非常に興味深い記事が掲載されている。

Kicking the imperialist habit
A POINT OF VIEW
By Brian Walden
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/magazine/4678586.stm

冒頭部分で、筆者は「母方の祖父は帝国主義者で、父は帝国主義を否定していた。ふたりでよく激しい議論を戦わせていた。が実は彼らふたりの間に本質的な違いなどなかったということに、私は後になって気づいた。どちらも、英国を基準としてすべてを見ていた。父はガンジーについて『英国で教育を受け英国の資格を持つ法律家だからすばらしい人物だ』と評していた」ということを書いている。

日本で俗に「英国紳士」と言われる「紳士」とは、元は社会階級だったわけだが、the British Empireの時代には「紳士たるもの」というように一種の精神性(具体的には「フェアネス」など)を表象するようになった。

しかし彼ら「紳士」の「フェアネス」とは、当時あまりに当たり前だった人種差別を疑問視するものではなかった。つまり、「英国は支配すべき。有色人種は支配されるべき」的な。

19世紀において肌の色の濃い人々がどのような扱いを受けていたかは、当時の植民地主義的文学や論文、新聞記事などをいくつか見ればわかる。一言でいえば、人間扱いしていなかった。

(当時のジョークに「パキスタン人は10ペンスだから狩猟の標的に」みたいなのがある。今の女王の夫は、現代においてこのジョークを口にして笑うようなメンタリティの持ち主である。ちなみにエディンバラ公はギリシア人なのだが、まそれはあんまり関係ないよね。)

人間を人間扱いしないことが当たり前でいられたのは、「英国の基準こそすべての基準」だったからだ。

英国が決めたことが世界的基準になっていたからだ。「世界」とは英国の手の届く範囲だったのだから。

それが「パックス・ブリタニカ」だ。

「野蛮」なことは、英国が行なうことではなく、蛮人の行なうことである。

蛮人は野蛮であり、英国は文明的である。

「だからそれに恥じないように」という、ノブレス・オブリージュの考えもあったことはあったかもしれないが、むしろ、「英国は文明的である」は「やつらは蛮族である」という方向に作用した点を、語らずに済ませることはできない。

さて、1971年とかにアイルランド北部で「拷問」された人は、英国に言わせれば「拷問」されたのではなく「厳しい尋問」を受けただけだった。当初英国が存在すら否定していたFive techniques(5つのテクニック)は、存在することが英国政府によって認められたが、それらは「拷問」ではなく「厳しい扱い」である、という“定義”を
、英国は欧州人権法廷で勝ち得た。

同じことを、例えばトルコがやった場合は、それは「残虐」で「野蛮」で「許すべからざる」行為となる。場合によっては「異教徒の」「異文化の」という形容詞さえもつけられる。(<映画『ミッドナイト・エクスプレス』などを参照。にの映画は拷問者が目に異様な光をたたえ変な汗をかいているサディストとして描かれているが、実際に拷問を行なうのは「ひどく陳腐な」人物――アイヒマンのような――で、拷問という行為によって個人的な感情を動かされることはない=興奮することはないという。「仕事だから淡々とこなす」だけで。)

で、今回は? ギリシアが勝手にやった? ロンドンの爆弾についての捜査で?

英国は金輪際、「アメリカは拷問なんかしてて、どうしようもないね」という態度を取るな。腹立たしい。

(ということを思うのは、別に今回が初めてではない。)


フレデリック・フォーサイス,『戦争の犬たち』(篠原慎訳)より:
ここ二年近く、わたしは、あんたやジェームズ卿みたいな人間のために、五十万から百万もの幼い子供たちが、飢えて死んでいくのを見てきた。根本的には、あんたのような人間が、邪悪な腐敗しきった独裁制を操って、より大きな利益を懐にするために、やったことなんだ。しかもすべては、法と秩序の名において、合法性と制度上の規定を根拠にして、行なわれたんだ。
posted by nofrills at 23:01| todays_news_from_uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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