2003年11月06日

「争点」どーよ?

先日,今回の選挙の争点って何よ?という話になったんですが,「道路?」「年金?」などなど語尾上がりの疑問形になって終わるって感じ。っていうか結論的には「政策とか方針とかよりむしろ今の政権を信任するかしないか」でしかないように思う。

しかし,私も含め,誰しもが今の政権のやっていることすべてを知っているわけではない(メディアが伝えるのは全体のごく一部にすぎない)。それぞれが何を「問題だ」と思っているかによって,“争点”の見え方は違っている。

実は私自身,争点が見えてない感じがしている。なので,仕事の合間(メール待ちとか電話待ちとかFAX待ちとか半端な時間はけっこうあった)などにちょこまかとあちこち見て回ったりして,「争点コレクション」をしてみた。(今からかよ。)メーリングリストや友人・知人からのメールにも多くを負う。多謝。なお,「高速道路無料化」「自衛隊の海外派遣」「景気対策&不良債権処理」「教育」といった大きなテーマについては,新聞やテレビや雑誌,ニュースサイトなどで大きく取り上げられているので,わざわざ情報を集めていない。私の場合,あくまでも,「自分の軸足をどこに置くべきか」を,他人様の例をヒントにしようと集めただけである。

また,以下に挙げる「争点」(視点)は,私自身の視点ではないことは明記しておく。私自身の最終的な判断はネットで明言するつもりはない。「こういう判断をするんだろうな」という想像はご自由に為されよ。但しそれをあたかも私自身が述べている/明言しているかのように考えるのは誤りである。

以下は順不同。
■争点1.「チェチェン」
チェチェンニュース Vol.03 No.40 2003.11.01
http://www9.ocn.ne.jp/~kafkas/chn/0340.htm
チェチェンについての情報サイトの作者・管理人である大富さんは,「チェチェンをテーマに投票しよう」という視点で,政治家や政党がチェチェンについてどのようにとらえ発言しているかに注目されている。特に2002年11月6日(モスクワでの劇場占拠の直後)の党首討論での自由党の小沢一郎党首(当時)の次のような発言を,他の政治家・政党の「一定の距離を保ち……」「ロシア国内の問題」といったふやけたような紋切り型と比較し,注目されている。
::小沢一郎党首(当時)の発言::
「チェチェンを、チェチェン人の自治に任せるべきだという考え方に立つならば、ロシア軍は撤退すべきだ、そしてチェチェン人の自由な意思によって独立するか、ロシアに今まで通り従属しているのか決めるべきだと、首相自身がロシアに向かって主張しなければならない。パレスチナ問題も同様だ。小泉首相はどうお考えか」

テレビや新聞では「自民も民主も政策の中身にものすごく大きな違いはない」と言っている。(喧伝されている「違い」は,レモンかライムかの違いであっても,レモンかキウイかの違いではない。)が,チェチェンという問題に的を絞った時,いかに違いが鮮明になることか。

------------------
★追記:
チェチェンニュース Vol.03 No.41 2003.11.06出ています。
http://www9.ocn.ne.jp/~kafkas/chn/0341.htm
民主党と社民党にチェチェンについての意見を聞いた結果をまとめておられます。
------------------------------------

■争点2.「創作物規制」
児ポ法改悪!!緊急アピール!! −総選挙!!−
―自民党が青環対法・改をマニフェストに記載!そして東京都が最悪の規制法の成立をたくらんでいる!―
http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/6372/
正直,このような問題があるとは知らなかった。私はマンガ,アニメ,ゲームにはほとんど興味がない。だからこういった情報は入ってこないのである。
マンガやアニメが打ちきりになろうと,コミケが中止になろうと,興味がないので私にはどうでもよい。が,自民党の言う「こどもたちの未来のために」が薄ら寒い。教育基本法改悪ハンターイみたいな主張は,理解できるにしても,紋切り型なのでおもしろみは感じない。だが,マンガが危ないという形で提示されると,そういう視点があるのか,というだけでおもしろい。(単純。)

なお,私は児童を性的対象として利潤を得るいわゆる「児童ポルノ産業」は唾棄すべき存在であると信じている(金銭のみの問題ではない。「見られる」ことへの恐怖や自己嫌悪 self-contemptは一生消えるものではない)。その上に,「フィクションなのだからレイプでもロリでも表現の自由だ」という言説には到底賛同し得ない。「レイプシーンを見たら自分もレイプしたくなる」というほど単純なものではないが,それでも何らかの影響は受けるし,それに何より,フィクションにはメッセージを創作者の思うとおりに盛りこむことが可能なのである。むしろ,メッセージのないものはフィクションとしてもつまらない。(ここでいう「創作者」とは何も作者のみではない。紙媒体であれば編集者,商業出版物などであれば営業部も必然的に含まれる。)

それでも,「子供たちの未来」という美辞麗句でゴテゴテと飾り立て,あれもこれも法律で規制しようという方向には,恐怖すら覚える。法律ができたら最後,善良な市民であるためにはそれを犯してはならない。

…………

ものすごく余談:法律で規制することの例をひとつ。
英国で同性愛が「違法行為」でなくなったのは,つい30年ちょっと前のことだ。(ちなみに男性の同性愛のみ。女性の同性愛については存在することすら認められていなかった。ヴァージニア・ウルフの苦しみはとてつもなく深かった。)それまでの間,英国の同性愛者は,「治療すべき精神疾患に罹っている者」とされていたばかりでなく,法的に「善良な市民」ではありえなかった。(以上,デレク・ジャーマンの日記など以前読んだものをベースに書いた。)地方自治体が教育などで同性愛に積極的であってはならないとするSection 28 of the Local Government Actが制定されたのは,何と1988年(サッチャー政権!)。それがイングランドとウェールズで撤廃されたのは2000年(参考:BBC),これを復活させようという動きが最終的に封じられたのは2003年9月(参考:OUTRAGE!)※スコットランドの立法はイングランドとウェールズとは別。
今年は,同性愛であることを明らかにしている聖職者がレディングのビショップになるかと思われたが最終的にはだめだったということがあったが(参考:BBC/そしてほぼ同時にUSの聖公会(=英国国教会=アングリカン)でも同様のことがあった:BBC),キリスト教の教会というシステムの中のことはあまりよくわからない。
posted by nofrills at 08:53| election_2003 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。