2006年04月09日

北アイルランドの刑務所でかつて起きていた「アブ・グレイブ」。

今年は1981年のIRA/INLAのハンストから25周年である。

Patsy O'Hara died at 11.29 p.m. on Thursday, May 21st - on the same day as Raymond McCreesh with whom he had embarked on the hunger-strike sixty-one days earlier.
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Even in death his torturers would not let him rest. When the O'Hara family been broken and his corpse bore several burn marks inflicted after his death.
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-- http://www.irishhungerstrike.com/patsyohara.html


以上は1981年のハンストで餓死したINLAのメンバー、パッツィ・オハラについての(リパブリカン・サイドによる)説明文からの抜粋。(太字強調は引用者による。)

刑事犯ではなく政治犯(戦争捕虜)としての待遇を要求し、61日間飲食を断って死んだ「自由の戦士」は、死んでなお、暴力の対象となった。

これは、1980年代の「英国」で起きていたことである。そんなに昔のことじゃない。Sex Pistolsより最近のことだ。ミーハーな音楽雑誌に「ロンドン情報」があふれ、カムデンだの何だのという地名がたくさん紹介され、うちらはそれを喜んで読んでたころのことだ。

もう1件。そのころIRAメンバーとして投獄されていたAnthony McIntyreの書いたものから。

Brian Armour's crimes against prisoners occurred with such frequency that it would take books to catalogue them. But amongst those that stand out as illustrating the malevolence of the man were regular beatings, degrading treatment, soaking, scalding and verbal abuse. On occasion he deprived those in his custody of food and tea. There were two obnoxious activities which he relished: during force washing he would vigorously scrub a prisoner's testicles and buttocks region with a hedge hog type prickly brush normally used for cleaning toilets until blood, detergent and water mixed and flowed into the bath at the feet of some unfortunate; and during the mirror search he would finger a prisoner's back passage and then use the same fingers to carry out an internal search of the mouth.
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--Anthony McIntyre, "No Rest Days", 20 September 2002


Brian Armourというのは看守である。この看守が囚人たちに食べ物やお茶を与えなかったり、「血と洗剤と水が混ざり合って浴槽に流れ込むまで」急所をブラシで殴りつけたり、検査のために囚人の肛門に突っ込んだ指を洗わずそのまま口に突っ込んだり、といったことを日常的にやっていた、とマッキンタイアは証言している。

この看守の手にかかれば、1年365日休みなし、というのがマッキンタイアのこの記事のタイトルの意味である。

このBrian Armourは、1988年、車に仕掛けられたIRAの爆弾で吹っ飛んで死んだ。

2002年、マッキンタイアは、北アイルランド紛争で死んだ刑務所職員のメモリアル行事で、ある女性が「私のパパは……」と語るのを聞いて、さてそれは誰のことかとひとしきり考えて、そしてその女性の「パパ」がこのBrian Armourだということに気づいた。1979年、囚人としてBrian Armourの暴行・虐待を受けながら、マッキンタイアは「この男には子供はいるんだろうか、いるとすればこの男は子供たちに愛を示せるんだろうか」と考えていた。しかしそのサディストは、看守の制服を脱いで家に帰れば、娘の「パパ」だったわけだ。

(これはまさに「悪の凡庸さ」の話で、北アイルランドだけでなく世界のあちこちの「拷問者」について、同じようなエピソードがある。)

英国の人たちがバスラでの囚人虐待/拷問(英軍の「アブ・グレイブ」)を知ったとき、ほんの少し前まで北アイルランドの刑務所でこういうことが行なわれてきたのということがはっきりわかってれば、「まさか英軍がそんなことを」とかいうふうに驚愕してるヒマもなかっただろう。(北アイルランドのリパブリカン界隈では、驚愕どころか、「ああ、まあそうだろうね」とか「何を驚いているんだ」とかいう反応だった。)

北アイルランドは英国内の事態であり、なおかつ英国内ですらも隠蔽されてきた。っていうか伝えられていない。(北アイルランドの人が英国のメディアに書くときによくある前置きは、「Britainでは知られていないのだが」といった類のものだ。)

私が北アイルランドに興味があるのは、ユナイテッド・アイルランドがどうこうではなく、英国はどこまで平気でどういうことをするのか、ゆえである。ものすごく乱暴な言い方をすれば、私はアイルランドを見てるんじゃなくて、英国を見てるだけだ。(北アイルランドに興味があるんじゃなくて、北アイルランドで英国が何をし、北アイルランドを英国がどうしようとしているのかに興味がある。)

さて、英国の新聞には反戦だ人権だという記事を売りにしているThe Independentという新聞がある。

The Independentの北アイルランド報道はひどい。実にひどい。イデオロギー先行で、〈事実〉に色をつけることを優先するだけで、〈事実〉を伝えようという気がうかがえない。その一例が先日の記事だ。

この新聞の北アイルランド部門は、同じグループで在ベルファストの新聞で、ユニオニストとべったりのthe Belfast Telegraphがやってるんだから、北アイルランド報道がこうなのもしょうがないのかもしれない。

しかし、英国で反戦だ人権だと言うのなら、北アイルランドについてもうちょっとましな伝え方をしてからにすべきだ。

ちなみに、英国でthe Independentを発行している会社は、南アフリカではものすごい大メディア企業だ。北アイルランドでも大きなシェアを持っている。現在の社主はアイルランド人(特権階級)。
http://en.wikipedia.org/wiki/Independent_News_and_Media

笑ってしまうようなこの偽善の構造。よく見れば英国そのものか。
posted by nofrills at 04:39| todays_news_from_uk/northern_ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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