2006年07月12日

Twelfth of July

ああもうほんといいかげんに「普通のお祭り」にならんのかこれは。アントリムのオレンジホールの全焼は放火だというし、タイロンでは11thのボンファイアでハンスト死者のポスターがこれ見よがしに燃やされ、デリーではロイヤリストとリパブリカンが衝突。スラオさんによると、12thに先立ってメディアでは「ロイヤリストに対する襲撃」が多く伝えられていたけれど、リパブリカンに対する襲撃も同じくらい発生している。

さらにひどいのが:
Meanwhile, police and politicians have condemned the people who placed a flag bearing an obscene reference to a teenage murder victim on top of a bonfire in Ahoghill, in County Antrim. [source]
a teenage murder victimってのは、マイケル・マッカルヴィーンのことだ。アントリムというプロテスタントが多数を占める地域に暮らすカトリックのこの少年は、今年5月に、友人たちと一緒に夜にピザを買いに出かけた帰りに、ロイヤリスト(プロテスタント)に襲撃され、殴る蹴るの暴行を受けた。何とか自宅まで戻ったものの、搬送先の病院で彼は死亡した。彼の葬儀では、同年代の子たちが、カトリック・プロテスタントの別なく、彼の死を悼んだというのに、おそらくその葬儀には参列していないアホどもが、ボンファイアで、セクタリアンな暴力の犠牲となったこの少年に対する汚い言葉を書いた旗を燃やしたとは。

英国政府は、「12th Julyを観光行事にするために」、オレンジ・オーダーに対して£104,000を出すことを決定した。12th Julyなんてものは、プロテスタントがカトリックに勝ったことをお祝いする行事で、政府が金出して支援する観光行事とはとてもじゃないけどいえないはずなのだが、それに目をつぶっても、これを観光行事と位置付けるのであれば、一切のセクタリアンの暴力(言語的暴力も含めて)を消してからにすべきだ。

いやね、この補助金も、政治的取引の一部であるってことはわかってるし、オーダーも公式にセクタリアン暴力への非難を声明で出しているのだけれども、そういうのが通じる歴史じゃないだろうに、北アイルランドの歴史は。ピーター・ヘインが大臣しててさえこれかというのが、ほんと、何とも言えない。orz

でもまあ、今年は警備のために軍隊が出動することはなかった(1970年以来初めて)ということで、そういえば今年の12th JulyはThe leadership of Oglaigh na hEireann has formally ordered an end to the armed campaign.のP O'Neil署名文書が出てから初めてのパレードだ。ということは、「IRAの武装活動は存在しない」ことになっているわけで、形式からいって、軍隊を出動させることはできない。なんてシニカルな見かたをする一方で、「軍隊が警備するプロテスタントのパレード」が形として消えたことは、ある程度はポジティヴなことかもしれないと思う。

しかしなぁ。

これではIRAが活動していたから軍隊がいた、というストーリーになる。違う。事実はそうじゃない。まだカトリックに公民権がなかったようなころに、竹ぼうきにゴミ箱のふたみたいなもので「武装」したカトリックを、機関銃やライフルで「武装」したプロテスタントが襲撃し、そこに「中立の治安部隊」として英国政府によって投入されたのが英軍だ。でもその英軍がプロテスタント(当時の自治政府を100パーセント独占していた)とずぶずぶになってたこと、そして何より非武装のデモ隊を「我々にとっての脅威」との口実で13人も撃ち殺したことが、過激派の「英国は占領者、英軍は敵」論をより説得力あるものにしてしまったんじゃなかったか。その失敗に懲りているからこそ、英軍はイラクで「そこそこうまくやっている」(<半分はイヤミ)んじゃないのか。

あー、なんかばかばかしくなってきた。

イスラエルはレバノンと戦争おっぱじめたみたいだし。
posted by nofrills at 21:44| todays_news_from_uk/northern_ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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