2004年12月03日

music that speaks: Naseer Shamma

All art constantly aspires towards the condition of music.
-- Walter Pater, The Renaissance, 1873


「すべての芸術は,常に,音楽の状態を希求する」――いったい「音楽の状態」とは,「音楽」とは何だろう。

むろんウォルター・ペイターは『ルネサンス』のなかでそれについて書いているのだが,私がここでこの有名なフレーズを出してきたのは,ペイターについてなぞりたいからではない。いや,実際は「出してきた」というより「出てきた」というのが正確なところで,何かこういったオーソリティのある言葉をきっかけとすることなしには,何も書けないのだ。

そのイラク人の音楽家の指先を媒介として伝えられる「音」は,まさに「音楽」だった。何から書いたらよいのだろう……会場となった赤坂の国際交流基金フォーラムは満席だった。スーツ姿のアラブ系の方々も客席には多くいらした。ステージ上,演奏者の背後には,音楽家のロゴが浮かんでいた。

演奏者たちは,左から,ヴァイオリンが2人,カーヌーン(琴),ウード,ナイ(笛),チェロ,コントラバス,レク(パーカッション)と,8人が横一列に並ぶ。(→広島でのコンサートと同じ並び。)

“アラブの音楽”を演奏会という形式で生で聴くのは私にとっては初めてで,実際,楽器の名称も今パンフレットを見ながら書いているのだが,ヴァイオリンやチェロやコントラバスといった欧州の楽器と一緒に演奏することについて意外だとか斬新だと感じることのできるバックグラウンドも,私にはない。楽曲は音階がたくさん用いられていて,リズムは4とか2ではなく奇数が必ず入っていたと思う。

ウードはとても豊かな楽器だ。見た目もぽてっとしていていかにも豊かな印象を与えるが,音もそんな感じだ。さらにこの音楽家のウードの音域は,無限なのではないかと思うほど広い。隣のカーヌーンの音の幅たるや,おいおいどこまで行くんだ。弦を弾けば音が出る,というシンプルな構造物が,これだけの豊かさを生み出すこと。

音楽家が作曲した曲の中で,ヴァイオリン,チェロ,カーヌーン,ナイ,そして音楽家自身のウードが,代わる代わるメインのパートとなる。コントラバスは常にベースラインを刻み,レクは時にはタンバリンのように,時にはとても控え目なスネアドラムのようにリズムを刻む。ステージ上では,横一列に並んだ演奏家たちが,音と目で,会話をしている。

1曲目が終わり,観客の拍手が鳴り止んだところで,ウードを抱いた音楽家はマイクをとり,曲目の変更を告げた――予定されていた「千夜一夜物語の中のバグダードの繁栄を偲ぶ曲」(配布プログラムより)ではなく,東京に来る前に広島と長崎を訪れた,Sadakoに捧げる曲を演奏する,と。

イメージとしては,川の流れ。それも,下流で川幅が広くなった地点での,遠目では一見動いているのかいないのかわからないくらいの流れ。

広島も川の流れる町である。(原爆が落とされたとき,その川が赤く黒く焼け爛れた人々で一杯になっていたことは,私も文字で書かれたものや線と色で描かれたものなどを通じて知っている。)音楽家の出身地であるアル=クートも,地図を見ると,川の流れる町である。音楽家が学んだバグダードも,川の流れる町である。

初めて自分のウードを手に入れたときのことを,音楽家は次のように書いている。

私はウードから流れ出る音に耳を傾け、ウードに耳を押し付け、ウードの材質の匂いをかいだ。歴史上のすべてのことが私の前に現に存在しており、私が音楽の中でそれに語りかければ、それもまた音楽の中で私に語りかけてくれた。
――パンフレットより


3曲目はウードの独奏――ステージ上の音楽家の右手が,楽器のボディの上に置かれたままになっているのを見て,私は「マジですかこれは」と思った。ヘッドの部分近くに構えた左手の指だけで,弦を弾き,音を出し,音楽を奏で,そしてその左手をネックの真ん中の辺りに移動させて,そして左手だけで奏で続け,やっと右手が出てきたと思ったら弦の終わりの方をこしょこしょとやって高音,そしてまた左手だけ……。

後からプログラムを見て(音を聞く前から文字情報を入れるのは好きではないので「後から」なのだが),この演奏法が,イランとの戦争の戦場に行かされて,片腕を失った学友のために,この音楽家によって考え出されたものだと知った。

とにかくこの音楽家は,ものすごい演奏技術,超絶技巧,つまりバカテクだ。しかし――リスト,パガニーニ,ジミヘンといった,私でも知ってる著名な超絶技巧な音楽家たちにもそれぞれのバックグラウンドがあるにせよ,この音楽家のそれは,「戦争で片腕を失った音楽家のための」超絶技巧。

確かに彼は失った。そして絶望した。その彼のためにできることとして,上っ面の励ましや同情ではなく,自身が粉骨砕身してこれまでにない何かを考え出すことを,この音楽家は選んだ。

ステージ上で演奏されている音楽家自身の作曲による楽曲のいずれも深い悲しみと苦痛と,時としては怒りや絶望に満ちているのだが――特に,プログラムで最後から2番目の「アル・アミリーヤ*1で起きた事」での,ボトルネック奏法のようなことを素手でやっている(あれはどんなに弦に慣れた指でも痛いと思う)サイレン音は気管支の辺りに来る音だった――,それでも演奏されたすべての楽曲には必ず「希望」が描かれているように,私には感じられていた。

ここで私が「希望」と書くものは,実は「希望」ではないかもしれない。自分でも,こころの中にある何かにことばを与えることによって,どこかすっきりさっぱり納得して片付けてしまっているだけのような気がする。終演後に購入したパンフレットにある,この音楽家について他人によって書かれた文章で,「精神性」もしくは「精神」という言葉でも表されているものは,おそらくこれのことだろう。

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悲しみを,恐怖を,絶望を,否定するのでも忘れてしまうのでもなく,それによってある意思を獲得し,それに音楽という形を与えること。ステージの上でアルカイックなスマイルを浮かべていたナスィール・シャンマというこの音楽家のやっていることは,そういうことだ。

文化を持たない音楽家は、未来を見たり、変えたりする望みなどかけらも持つことなく、ただ機械的に弦を弾く器楽奏者にすぎない。
――パンフレットより


"When invented, Music has only gained its value and assets from being the spirit means for approaching God. For this reason, I want my music to remain the spirit of humanity through expansion and extension of the human soul."
――公式サイトより


# 以上,楽器の名称などは,当日配布されたプログラムに拠る。

shamma_p.JPG

■ナスィール・シャンマ・グループ 初来日公演
2004年12月2日 東京・赤坂 国際交流基金フォーラム
http://www.jpf.go.jp/j/culture_j/news/0409/09-04.html
演奏時間:途中休憩を含めておよそ2時間。最後はスタンディング・オベーション→そのままアンコール→1曲華やかなのを演奏し,客電がついて終了(再度のスタンディング・オベーション)
パンフレット(英日対訳):300円
CD:売り切れてました

当日配布されたアンケートによると,ひょっとするとこの公演のライヴ録音がCDになるかもしれないとのこと。

■ナスィール・シャンマ Naseer Shamma
http://www.naseershamma.com/ (要Flash,audio clipあり)
1963年,イラク南部のアル=クート生まれ。14歳でウードを始め,後にバグダード音楽院で学ぶ。1988年,バグダードでカセットテープをリリース。ウード奏者として活躍していた1989年(イラン・イラク戦争終結の翌年),フセイン政権によって投獄。獄中にある間にサダム・フセインがクウェートに侵攻し湾岸戦争。釈放後,破壊されたバグダードで,国立博物館のアッシリア・ホールを会場としてコンサート。その後ヨルダンに逃れ,チュニジアのアラブ高等音楽院教授(1993〜98年)。1994年,フランス・パリのアラブ研究所から初CDとなる『東洋のある愛の物語』をリリース。1996年,ローマでセカンドCD『輝き』,1999年,フランスで3枚目のCD『月の旅立ち』をリリース。1998年,エジプト・カイロで「アラブ・ウード・ハウス」を設立,所長として後進の指導にあたる一方で,世界各地で演奏活動を続けている。

「湾岸戦争をディコンストラクトする」アルバム,the Fire This Time(Orbital, Aphex Twin, Speedy Jなどが参加)にも,何曲か提供。(US盤UK盤

(※パンフレットと公式サイトの記述を中心に,独自にまとめました。)
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*1:
アル・アミリーヤ(アミリヤ)については,Baghdad Burning 2004年2月13日などを参照。
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■@「シャン様」ブーム
残念ながら公演が行なわれなかった関西地区のビーさんのところに寄せられた長崎や東京からの報告
ことしゃん
posted by nofrills at 22:15| i_dont_think_i_am_a_pacifist/words_at_war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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