2003年12月22日

殺人事件の共犯者:NOと言えないこと

【草稿】
英国で,ある殺人事件の裁判がある。ここのところ忙しかったので記事は読めていない。メールでやってくるニュース速報で,そういうのがあることだけ知っている。その殺人事件は,英国ではSoham murdersなどと呼ばれている。Sohamという場所での事件だからである。Sohamは殺人など起きるような場所ではないということが,この呼び方からうかがわれる。

この事件が起きたのは昨年。日本でも報道された。「ベッカムのファンで,マンUのレプリカ・ユニフォームを着た少女が2人,行方不明になっている」,「ベッカムも『早く見つかることを祈っている』とコメントした」という切り口で。

ベッカムなんかどうでもいい。

2人の少女は死体で発見され,ほどなく容疑者が逮捕された。Iという男性とその恋人であるMという女性。

この事件は数十年前のある事件を連想させた。「ムーア殺人事件」。やはり男女のカップルによる殺人事件で,殺されたのは子供たち。一目で分かる違いは,Sohamの方がムーアより殺された数が少ないこと。

ムーアの事件の主犯は男性で,女性は共犯だった。女性は自分が共犯者として子供たちを殺すことに加担したことについて,「彼に嫌われたくなかった。NOと言えなかった」と述べている。

Sohamの事件の主犯は男性のIで,女性のMは共犯だった。女性は自分が共犯者として子供たちを殺すことに加担したことについて,「彼に嫌われたくなかった。NOと言えなかった」と述べている。

「嫌われたくなくてNOと言えない」は罪を免除しない。

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どう見えるのかを考えている。

さっきたまたまつけたテレビで討論番組をやっていて,歯に衣を着せぬコメントで知られるその番組のレギュラー芸能人が,「嫌われたくないから行くんだ,NOと言えないからなんだ」ということを,叫ぶように言っていた。「どうしてハッキリそう言わずにきれいごとを言うのか」という文脈だったように思う。でももう正確に思い出せなくなっている。討論番組は騒々しすぎたし,その発言を聞いてから1時間の間に,私はSohamのことを考え,ムーアのことを考えた。テレビの中で誰かがこう述べていたという事実は,そのままの形では私の中に留まっていない。

「どう見えるのか」は「見る」側の視点に立たなければわからない。そしてその作業は私にはとてもつらい。

私の立ち位置を危うくするであろうことを直視することはとてもつらい。そうしなければならないとわかっているけれども,つらい。

直視した次に,何を為すべきかを見なければならない。何を為すべきかはあらかじめ決まっているのではない。

考えているだけでは何も見えない。考えなければ何も見えない。

回避すべきは思考停止。
posted by nofrills at 23:03| i_dont_think_i_am_a_pacifist/words_at_war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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