2005年03月23日

やっぱりメディアのフォーカスは異常だったのだ。

聖パトリックの日のあれこれ,とにかく「マッカートニー姉妹」のことばかり(プラス,ジェリー・アダムズ関係が少し)でメディアはあふれかえっていたけれど,ワシントンに訪問した北アイルランドの人たちの中には,Finucane夫人もいたということが,20日BBC記事に書いてある。

http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/
4366205.stm
Pat Finucane,ベルファストのソリシター(事務弁護士)。カトリック。1989年2月,自宅で家族とともに日曜の食事を取っていたところ,ロイヤリストのテロ組織のガンマンに14発の銃弾を打ち込まれて死亡。UFF (Ulster Freedom Fighters) が「IRA高官を殺した」として犯行声明。しかしフィヌケーン氏はIRAの法律事務手続き担当者ではあったが,IRAのメンバーではなかった。これは警察も確認している。(ここで言う「IRA」とはPIRAすなわちProvosのこと。)

フィヌケーン殺害事件の経緯は13 September, 2004のBBC記事に。

というわけで,ロイヤリストのガンマンに殺されたこのソリシターの夫人が,今年の聖パトリックの日に訪米していた(けれどもメディアの注目はなかった)ことを書いたBBCの記事(20 March, 2005)ですが,正直,1度読んだだけでは概略すらわかりません。英国,アイルランド共和国,米国,カナダ――何でこんなに複雑なの?

ともあれ,マッカートニー姉妹やマッケイブ夫人のように,リパブリカンの暴力で殺された人の遺族だけでなく,パトリック・フィヌケーンという,ロイヤリストの暴力(彼らの犯行の多くは「テロ組織」だけではなく,英国の当局の関与があったと考えられるし,フィヌケーン事件も同様)で殺された中でもシンボリックな人物も,訪米していた。しかしメディアの注目はリパブリカンの暴力で殺された被害者家族だけに集まっていた。

パット・フィヌケーンは英国の治安当局(軍・警察)のやったことを,法律家として追求していた――塀の中で何が行なわれていたかについては多くの証言があるが,一言でまとめれば「拷問」だ。(北アイルランドではイラクのアブ・グレイブの拷問の報を聞いて驚く人はあんまりいなかったという記事を,昨年5月に複数読んだ。ラム爺の「一部のはみ出し者が」という説明を真に受けた人もまずいなかっただろう。)

■情報源:
the pat finucane centre
http://www.serve.com/pfc/
関連ニュースや,欧州人権法廷(ストラスブール)に訴えたときの資料など。
posted by nofrills at 01:01| todays_news_from_uk/northern_ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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