2004年08月14日

元米兵の語るイラク戦争

8月12日にイラクからジャーナリストの女性とファルージャ住民の男性の話を聞いてきたことは13日にここにも簡単に書きましたが,その前の10日にはイラクでの戦闘に参加した元米陸軍兵士の話を聞いてきていました。

ほんとは『ファルージャ』のウェブログに情報を集積したいのですが,blogtribe.orgのサーバが調子がよくないみたいなので,とりあえずこちらにポストします。8月13日にこのウェブログに書いたように,12日にはイラクの方たちのお話を聞いてきたのですが,その前の10日にも,中野区の中野区立商工会館で開催された「元米兵が語るイラク戦争」に行ってきました。掲載が前後しましたが,10日のお話の内容をメモしてきたことを,ここに書きます。

お話が英語で行なわれたので,私には聞き取りができる分,メモが不十分なところがあります。そのため,12日のイラク人のお話とは別なスタイルで(つまり,通訳さんが言ったままにメモしたものをタイプするのではなく)基本的に箇条書きっぽくまとめます。お話自体がこのような箇条書きめいたぶつ切れだったわけではない(むしろ,緩急をつけた上手なスピーチでした)ことを,あらかじめお断りしておきます。あと,実はもっと文章として整理しようと思っていたのですが,私がメンタル面と暑さ負けでヘタレてるので,メモをそのままタイプします。

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イヴァン・メディナさんというその元米兵は20代前半の青年で,ラテン系と思われる整った顔立ちで,とても強い目をした人でした。2001年11月,19歳のときに陸軍に入隊し,3年間兵役に就かれていたそうです。ごきょうだいが3人で,3人とも軍隊に入ったという,「とても愛国的な(the most patriotic)」一家とのことでした。

開戦前,イヴァンさんはクウェート駐留部隊に属していて,2003年3月にイラクへ送られ,カルバラ,バグダード,ファルージャなどで戦闘をしてきたそうです。(ここでShock and Awe作戦の写真が投影される:夜のバグダードに立ちこめるオレンジ色の煙,など。)

※ここからはメモに忠実に:
ナジャフに行った。子どもたちは旗を降ってThank you Americaと言っていた。

だが,初めて見たイラク人の死者は子どもだった。ナジャフ郊外で米軍の武器が何をするのかを見た。真っ黒に焼け焦げた死体。

実はナジャフに到着する前に,仲間の米兵も死亡していた。とても疲れていて,車で激突事故を起こした。

フェダイーンをたくさん見た。フェダイーンは女性や子どもを連れてきていた。(盾にするため。)

米兵は女性や子どもは救おうとした。だがフェダイーンは女性や子どもを殺した。

米軍には,「どんなイラク人にも水や食料を渡すな」という命令があった。そのため,ある同僚がお腹を空かせたイラク人の目の前で,食料を燃やしてしまった。

私たちがこのように任務を進めている間,米国政府は劣化ウランを砲弾に入れていた。

都市への侵攻。市民たちは脱出しようとしていた。しかしサダム・フセインが脱出を許さなかった。

戦闘員とcivilian(市民・非戦闘員)の区別はつかなかった。無差別攻撃。

私たちから銃撃をしかけて,多くの非戦闘員を殺した。(We opened fire and killed a lot of innocent civilians.)

あるイラク人が政府機関の建物から物を盗んでいるのを目撃したが,私たちはそれに対して何もしなかった。

戦闘で僚友が死んでゆく。

カルバラへ移動。イラク軍の攻撃があるのでイラク軍をターゲットにせよとの命令。

ある兵士が「我々の兵器で我々に害があったら?」と上官に尋ねた。上官は「そういうことのないよう祈るのみだ」と答えた。

バグダードを占領したとき,部隊はバグダードにはいたが,前線からは離れていた。しかし攻撃があった。兵士が死んだ。

アンソニー・ミラーという18歳の兵士は,家族を支えるために収入を得ようと入隊した。彼の父親は彼が幼い頃に家をでてゆき,彼は母ひとり子ひとりの家庭だった。彼が死んで,母親はひとりになってしまった。

ジョージ・ミッチェルは3人の子どもを持つ父親だった。ミサイルが車に当たった。遺体は黒焦げで,骨だけになって家族のもとに帰った。

2003年5月1日,ブッシュ大統領の「大規模戦闘終結宣言」が出された。我々クウェートの部隊は政権が崩壊すれば本国に帰れると聞いていたので喜んだ。しかしその喜びは数時間しか続かなかった。結局帰れないことがわかった。

収奪(looting)が発生していた。軍は宮殿を拠点にしていた。軍隊内部での盗みがあった。貴重品や金銭など。金銭はおそらく一般の市民から取ったのだろう。

盗みをはたらいた兵士たちはみな特赦をえた。罰せられていない。

ファルージャへ移動。毎晩戦闘,毎晩銃声。友人が死んだ。

ブッシュはテレビで「逃げないぞ,出て来い,かかって来い」などとわめいていた。(ここでメディナさんは声を荒らげた。)

私たちはそのために殺された。そのために殺した。

2003年11月14日,私(=イヴァンさん)が帰国したあと,双子の兄,アーヴィングの戦死の報が入った。

My family is one of the most patriotic families. 両親は子ども3人全員を軍隊へ入れている,それほどにパトリオティックだ。

アーヴィングはイラクの子どもが好きだった。この戦争はimmoral(道理が通っていない)で起きてはならない戦争であったと彼は考えていた。それでも,子どもと仲良くすることで,tried to make a difference。

アーヴィングと仲のよかった子どもがいた。サフィという名前だ。(サフィとアーヴィングが微笑んでいる写真が投影されている。)

サフィも死んだ。爆弾で死んだ。爆弾がサフィを直撃した。アーヴィングは倒れたその子を抱きかかえ,救急隊を呼んだ。だがサフィは兄の腕の中で死んだ。

アーヴィングは故郷(アメリカ)へ電話をしてきて,「子どもは戦地になんかいちゃいけないんだ,子どもは子どもらしくする権利がある(every child has a right to be a child)」と言った。

サフィが死んでから3週間後,アーヴィングは死んだ。11月14日に戦死の報がもたらされた。

11月15日に軍から報告があった。「アーヴィングは路上に置かれた爆弾(roadside bomb)にやられて死んだ。金属が右の耳から左の耳に突き刺さった。即死だった。」

しかし後になって,その報告は本当ではなかったことがわかった。本当は,アーヴィングは,10時間苦しんで死んだ。頭に金属が刺さって死んだが,即死ではなかった。

しかも,彼らは24時間警備の任務の直後に移動,という大変に厳しいスケジュールだった。(イヴァンさん,声を荒らげる。)

葬儀が終わって1ヶ月後,アーヴィングの最期の言葉などを知った。

ある友人が病院へ行った。アーヴィングはまだ意識があった。その友人は「僕だよ,わかる?」ときいた。アーヴィングは「わからない」と答えた。「○○だよ」というと,アーヴィングは手を握って微笑んだ。苦痛の中で。

アーヴィングの最期のことばは「Oh, damn, このままだとみんな夕食に間に合わないよ!」 アーヴィングは最後の最後まで人を気遣っていた。

自分は本当にひどいものをたくさん見てきた。座ってぼーっと見ているわけにはいかない。米兵を故郷に戻し,イラクを再建したいと思っている。

例のブッシュのジョーク(「あれ? 大量破壊兵器はどこかなあ?」とおどけたこと),あれには憤慨した。

本当に自分が正しいと思っているのなら,ジョークにはしない。(If he really thinks he is right, he wouldn't joke about it.)

ブッシュはことばだけ。ブッシュは,米兵の葬儀にはまったくただの一度たりとも出席したことはない。(メディナさん,語気荒く,1語1語を区切って明瞭に発音。)

アメリカ人もイラク人もこの戦争の犠牲者だ。(All American and Iraqi are victims of the war.)

※ここで大統領選挙についての話題がしばらく。Military Falimies Speak Outは民主党ケリー上院議員をサポートすることにしたということについて。(メモはお休みしていました。)

僕自身,PTSDに苦しんでいる。自分が無辜の民衆を殺したという事実は一生消えない。自分が殺したイラク人が見た最後の人間が自分であること,米兵の死体袋から流れる血のこと……それらをブッシュは決して考えることはないけれど,自分はそれとともに生きていかねばならない。(I have to live with the fact that I killed the innocent civilians. など,I have to live with the fact that ... の繰り返しでの強調。)

それでもまだ,僕はイラクについて希望を抱いている。(I still have hope for Iraq.)
 彼らは国を立て直す。

私たちは,アメリカ人としてだとか日本人としてだとかイラク人としてではなく,世界の市民たちとして,団結できる。(We can be united not as Americans, Japanese, or Iraqis, but as the citizens of the world.)

マーティン・ルーサー・キング牧師が……と述べていました。(←すみません,迫力に圧倒されてメモを取ってなくて。有名な一節です。でも「これは有名な一節だ」として私のアタマに格納されてしまっているので,どの「有名な一節」だったのかが正確に思い出せず,「……」で代用させていただきます。ほんとにすみません。)

キング牧師は「私には夢がある」と言った。でも僕は「私には希望がある」と言おう。夢よりも希望の方が,なお明るい。

Thank you.

【質疑応答】(休憩を挟んだあと)
会場からの挙手での質疑応答。内容は,大統領選挙についてのものなどけっこう多岐に渡っていましたが,集中力の限界に達していたために私がメモを取っていたのはごく一部。
■大統領選挙について。
別に自分はケリーのbig fanというわけではない(ケリーじゃなきゃだめというケリー支持ではない)。けれどMilitary Families Speak Outとしてはケリーを支持する。ラルフ・ネイダーという可能性は,現実的ではない。選挙人制度があるから。また,ネイダーは理想を語るしそれには共感を覚えるけれども,やはり“理想的”だ。(現実的ではない。)僕個人としてはエドワーズを支持している。(このあとエドワーズについて少し話があったがメモを取っていない。)

ケリーが当選したら,2週間はただ見ていきたい。(We'll give him two weeks.) ただし公約が守られないなど何かあれば,Military Families Speak Outはがんがん声を上げていく。

実際,自分が立候補したいくらいだったのだけど,残念ながら年齢的にまだ被選挙権がないので諦めました。(笑)←この会合でおそらく唯一の「笑いを取る」発言。

■劣化ウラン弾について。
劣化ウランについてはほとんど何も知らされていなかった。現在はいろいろ聞いているが,当時はほとんど何も知らなかった。僕自身も数ヶ月後にメディカル・チェックを受けることになっている。被曝だけでなく,オレンジ・エージェントなどについてもチェックを受ける。

■ダムダム弾について。
(質問者:「イラクに行ったことがあり,人体からダムダム弾が出てきた。米軍は国際条約で禁止されているダムダム弾を戦場で使っているのか?」)
ダムダム弾については(劣化ウランとは違って)僕にも知識はある。使っていたとすれば,現場は政府が与えたのを使っただけだ。軍から何か話があったわけではない。知っていたとすれば……政府レベルでは知っていたとしても,兵士レベルでは知らない。

■戦争反対について。
「個人的には戦争には反対だ」という米兵はたくさんいる。(しかしイラクの人々を助けに行くのだと信じているのに,イラクの人々を殺している。【←この部分,メディナさんの発言なのか,自分が考えてメモしたことなのか,メモからはわからないです。メディナさんの発言と断定することはできません。】)

それでも,軍隊にいる限りは政府批判は許されない。私たちは声を上げることができない。もし声を上げれば罪になる,あるいは最前線に。

■どの文脈での発言かわからなくなってしまった一節。
We have to judge the nation by its people, not the leader.
(ある国を判断する場合,指導者で判断するのではなく,国民を見て判断しなければならない。)

――以上で,10日のイヴァン・メディナさんのお話のメモは終了です。とにかく目の力強さと声の力強さが印象的で,それをテキストのベタ打ちでお伝えできないことが残念です。なお,会場には「日テレ」と書かれたテレビカメラと巨大猫じゃらし(音声さんのマイク)を担いだ撮影クルーが来ていたので,日本テレビ系列で何か番組があるのかもしれません。

***配布資料より転載***
イヴァン・メディナさん(23歳)
昨年イラクに派遣されていた元アメリカ軍兵士。同じく兵士としてイラクに共に派遣されていた兄弟のアーヴィングさんは,バグダッドを移動中に,仕掛けられた爆弾によって亡くなった。米軍に身内や恋人をもちイラク戦争に反対するグループ「Military Families Speak Out」のメンバー。
***配布資料からの転載ここまで***

なお,配布資料には,イヴァン・メディナさんがインタビューに応じた新聞記事のURLとその抄訳もありますが,確認したところ,過去記事アーカイブに入ってしまっていて閲覧は有料になるようです。
Tront Star紙の2004年5月1日付記事(筆者はティム・ハーパー氏):
http://www.thestar.com/NASApp/cs/ContentServer?pagename=thestar/Layout/Article_Type1&cid=1083363013792&call_pageid=970599119419

ご参考までに,Googleの検索結果

Military Families Speak Outのウェブサイトはhttp://www.mfso.org/

ここ↑からリンクされているCamilo Mejiaさんのサイトは,「米軍」についての必読サイトだと私は思います。

この集まりについてのデータ(配布資料より)
元米兵が語るイラク戦争
8月10日(火)
中野区立商工会館・大会議室
参加費:1000円
主催:元米兵イヴァン・メディナさんのお話を聞く会
賛同団体:アジア平和連合(APA)ジャパン
      自衛隊の海外派兵と戦争協力に反対する実行委員会
      戦争協力を拒否し,有事立法に反対する全国Fax通信
      日本キリスト教協議会(NCC)国際関係委員会
      日本国際ボランティアセンター(JVC)
      派兵チェック編集委員会
      アジアンスパーク (←「プログラム記載漏れ」との説明が冒頭でありました)
posted by nofrills at 19:46| voices_from_iraq | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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