2004年05月04日

safety / security

The safety and security of London Underground is our top priority.


もしもこの一節が,昨年(だった?)の今ごろ(だったよね?),ロンドン地下鉄で脱線だの何だのによる問題が続発し,労働組合が「こんな危険な環境で働けるかってぇんだ」とばかりにストストストをしていたころに見かけたものだったとしたら,私はこの文中のThe safety and security を,設計ミスで外れるボルトだのレールの不備だのといった諸問題の解決のことであると考えたに相違ない。(そういえば最近,ロンドン地下鉄の不備あれこれニュースをめっきり聞かなくなった。とはいってもたかだか数ヶ月か。)

しかし実際は,私が上記の文を見たのは,今日――2004年5月4日なのである。上記の文の出典:
Tube terror scare
http://www.thisislondon.co.uk/news/articles/10565354


Tube terror scare っていうタイトルは,私に訳させると「地下鉄テロ  か?!」みたいになる。あんまり上手な訳とはとても思えないが,これしか思いつかないのだからしかたがない。

terror scareのscareは,90年代始めのロンドンでは毎日どこかに書かれていたbomb scareのscareと同じで,「その恐れがあったかもしれないが,発生しなかった」ことを示す。これは極めて曖昧な語で,それこそだれも側にいない大きめのカバンがプラットフォームに置かれていただけでも,「爆弾である恐れがある」ために地下鉄が閉鎖されたりするので,たとえそのカバンの中身が下着と歯ブラシと時間つぶしにしかならない雑誌であったとしても,bomb scareとして表面化する。

2004年5月4日のTube terror scare も,だれかがうっかり置き忘れていた下着と歯ブラシと時間つぶしにしかならない雑誌が入ったボストンバッグと,本質的には同じなのかもしれない。ただ一点,この記事にある,何とも言えないいやらしさを除いては――いや,そういういやらしさは90年代にもあったのに違いない。私が無知でそのいやらしさに気付かなかっただけで。

London Underground is today at the centre of a major safety scare after an Iraqi national was found alone at night in a deep-level Tube tunnel.


ある男が,夜中に地下鉄の路線内に立ち入って数時間経ったところを,見まわりの保安担当者に見つかった,というのが話の大筋である。

ここで問うべきは,夜中(当然列車は動いていない)に,地下鉄の線路内に,ロンドン地下鉄の職員でもない者が立ち入ることができた,ということである。その人物の国籍など関係ない。それがたとえ英国人であってもドイツ人であってもアメリカ人であっても日本人であってもインド人であっても中国人であっても,そんな時間に地下鉄の線路に人が入れた,そのこと自体が「safety and security にとっての問題」になるはずだ。

しかしこの記事を見る限り,そういう視点を提供しようという記事ではなさそうなのである。

いつだったか,英国で,何かのキャンペーンで,ヒトラーの映像をほんの数秒だけ使ったフィルムが問題になったことがある。(過去ログをあさればどっかに書いてあるのが見つかるかもしれない。)その際に製作者側は「全体は何分もある,たった数秒のことで全体を判断されてはたまらない」といった詭弁を弄した。これ,もし本気で言ってるんだとしたら,表現者として失格でしょう。最も強い印象を与えたい部分に,大きな面積(2次元的・3次元的・4次元的)を与えるのが,常に最高の効果を引き出すとは限らない。あまりに単純な例だが,墨一色で描かれた画面にほんの一点だけ朱があれば,その朱の一点は墨よりも前に出る。

というわけで,この記事なのである。

記事には3箇所,点々と,Iraqiの文字列がある。いずれも,淡々と事実を述べているように見える箇所だ。いわく,線路内にいた人物はイラク国籍であった,警察がこの人物をイラク人とアイデンティファイしている,彼は難民申請をして却下されたイラク人だ。

しかし。しかし。この記事を読んだときのいわく言いがたい不快感は,この記事が「淡々と事実を述べている」のではなく,明らかに,何らかのコンテクストに,このイラク人を組み込もうとしていることに発するものである。

この人が夜中の(っつーか朝の)3時に,フィンズベリー・パークとセヴン・シスターズの間などという場所(←北ロンドン。私が滞在してたところの近く)で地下鉄線路に入りこんで何をしようとしていたのかは不明である。記事にも何も書いていない。「やろうと思えばレールやシグナルのケーブルやポイントをいじることもできた」とある以外は。

にもかかわらず,記事タイトルはTube terror scare なのである。

つまり,この記事のタイトルをつけた人は,この「不審人物」を「テロリズム行為をたくらんでいたのではないか」と推測し,紙面でそう断言している。

そして読者は,このタイトルが真であるのか偽であるのかを判断する論拠を与えられることなく,意識下で踊らされる。

私は,the Evening Standardがどこまで信用できるかについて,複数のロンドナーから話を聞いている。結論だけ言えば,the Sunやthe Daily Mailなどよりはちょっとは信用できるだろう,ということだった。彼らは決してシニカルになっていたわけではない。メディアなんてそんなもんさ,という「英国的冷笑と諦念」を私に向かって披瀝していたわけではない。「そんなもん」であるメディアを当たり前のものとして,その上で,ESという新聞を読む場合の前提となる知識を,私にお裾分けしてくれたのである。

どうでもいいが,この記事はthe Evening Standardのメール速報で配信されてきた。

なお,むろん私はこのイラク国籍の人物が「テロ行為などたくらんでいたわけではない」と言っているわけではない。記事からはそれが立証されているとは読み取れないのだということを言いたいだけだ。

私は元々平和運動とかに関心があったわけではさらさらなく,単に「日本の人がロンドンに行く場合に,こういうことを前もって知っておくと便利かも」ということでウェブサイトを始め,その流れでtoday's news from UKというコーナーを始めた。ぶっちゃけ,掲示板でやりとりしてたらログでがんがん流れてしまって蓄積されなかったので,コーナーとして独立させたまでである。あと,実際私は政治的な人間ではさらさらない。大学時代に必修の一般教養科目で「政治学」というのを履修して,ジョン・ロックだのホッブズだのは一応読んだが(ちょっとだけ),教養としての「政治」以上のものは何も知らなかったし,今でもそうだ。

それでも,ひとつの記事から読み取れることはいくらでもある。だいたい言語そのものがユーフェミズムの宝庫みたいになってるのだから(warfareをdefenseまたはsecurityと言い換えるなど)。

一回,オーウェルを真剣に読まないといかんな。

safety
a state in which or a place where you are safe and not in danger or at risk:
_
security
protection of a person, building, organization or country against threats such as crime or attacks by foreign countries:


※今回はケンブリッジ辞書を使ってみました。
posted by nofrills at 23:40| i_dont_think_i_am_a_pacifist/words_at_war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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