2006年07月01日

「両者」は「壁」で隔てられ、14歳の女の子が30人に襲撃される――デリー(北アイルランド)

Aの陣営とBの陣営が対立している場所がある。Aの側は、Bの側がBであるというだけで、襲撃をする。Bの側は、Aの側がAであるというだけで、襲撃をする。両者の間の「壁」がそれを防ぐ役割を果たす。

パレスチナがイスラエルの兵士を「人質」に取り、イスラエルが「ランボー・スタイル」で「人質奪還」策に出た(そしてどさくさにまぎれてか、あんなことこんなこともしている)件についてではない。

スラオさん、29日記事、Trouble brewing in Derry?に引かれている27日、Daily Ireland記事によると、デリー(ロンドンデリー)で、ロイヤリスト(プロテスタント)側の若いのがナショナリスト(カトリック)側を襲撃、腕を骨折したり頭蓋骨にヒビが入ったりといった被害者が出て、PSNI(北アイルランド警察)が、デリーの昔の壁(historic walls)の門のひとつを、夜8時に閉じる、という対策を講じた。

翌28日、Daily Irelandは、14歳の女の子がロイヤリストのギャング30人ほどに襲撃され、その女の子の一家がそのエリアから出て行くことにしたと報じている。女の子が襲撃されたとき、周囲には人がいたが、母親の話では「みな、黙って見ているだけだった。このようなことが起きたのは、うちの娘が初めてではない。」地図(PDF、3.40MB)を見ると、女の子が襲撃された地区は、フォイル川の東側(城壁があるのとは別の側)。

なぜその女の子が、30人もの集団に襲われたのかはわからない。行間から私が勝手に読み取っているのは、警察が市の中心部の門を閉じるという判断をしたことで、その地区の住民(プロテスタントのエリア)が「警察はあいつらの味方」とかいうふうにむやみに腹を立て、それが集団としてのムードをある方向に向かわせて、集団がある意味トリガーハッピーなモードに入ってるんじゃないか、ということなのだが。襲撃されたのは14歳の女子だが、襲撃した方もどうやらティーンエイジャーらしいし。

一方で、30日BBCのベタ記事によると、今年で90周年となるソンムの戦いの記念行事に出るデリーのApprentice Boys(プロテスタントの宗教的団体)のメンバーを乗せたバスが、エアガンで襲撃された。スラオさんではこの襲撃を「ナショナリストの若いのによるもの」としている。(事実、そうなのだろう。)

これら、門の閉鎖、女の子への襲撃、バスへの襲撃をまとめて紹介しているスラオさんは、「比較的静かなベルファスト」と比較する形で、「デリーでトラブルが起きる?」という見出しをつけている。

コメント欄には、「仕事もなくて退屈している連中が、退屈を紛らわすためにトラブルを起こそうとしているのではないかと思う。こういった連中は、仕事に就いてもっと意味のある時間の使い方ができないものかとは思うが、デリーには仕事なんかないから」とか、「こういった事件が時々発生して、それらは通常、どちら側であるにせよ、何ら政治的なバイアスや考えのない若い連中によるものだ。本格的に深刻にはならないと思う」とかいった意見が投稿されている。

仕事もなく、何ら政治的なバイアスや考えもない若いのが、むやみに暴れるってだけなら深刻にはならないのだけれども、暴れることに政治的な口実・理由をくっつけるのに何の苦労もいらない場所でのことだ。どうなることやら。

しかもこれから例の「マーチング・シーズン」が本格的に始まる。プロテスタント側最大組織のオレンジ・オーダーが、「7.12」を観光資源にしようなんてアホみたいなことを考えて、政府の補助金まで取り付けたばかりだ。(「カトリックよりプロテスタントが強い」を記念する「伝統行事」を見に来る観光客がどれほどいるっていうんだろうね、ほんとにばかばかしい。補助金もどうせ政治的判断によるものだろう。)

とりあえず、Google alertでDerryも登録しておくことにする。

北アイルランドのセクタリアン・ヴァイオレンスについての過去記事:
なぜなら彼は「カトリック」だったから――Ballymena少年襲撃殺人(1)
セルティックのユニとレンジャーズのユニ――Ballymena少年襲撃殺人(2)
「下の下」――Ballymena少年襲撃殺人(3)

あと、「ソンムの戦い」について:
第一次大戦で最大の戦闘。英軍・仏軍など連合軍40万人以上が命を落とした。その戦いには、当時「英国」の一部だった「アイルランド」から、the 16th Division(アイルランド)とthe 36th Division(アルスター)が参加していた。36thは初日に最前線に立ち、いきなり5000人が死傷した。(なお、「英国のために」戦ったアルスター&アイルランドの兵士たちは、基本的には「反英闘争」を展開していたアイリッシュ・ナショナリストとは別の層から出ているが、中にはアイリッシュでカトリックで英軍兵士でソンムで戦った人々もいた。)
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/5134024.stm
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/5126128.stm

この節目の年に、ワールドカップで「ドイツ対イングランドもしくはフランス」になってないのは、偶然とはいえ、よかったと思います。今日の段階では、とりあえずまだ「ドイツ対イングランド」もしくは「ドイツ対フランス」の決勝の可能性はあるわけですが。

(ドイツ対アルゼンチンの準々決勝なんて、イングランドとしては「ニヤニヤと笑ってみていられる、宿敵の潰しあい」にしか見えなかったでしょうね。アルゼンチンについては、フォークランドでも「シメオネへの蹴り」でも、どっちもイングランドが自分でまいた種だと思うけどね。)
posted by nofrills at 18:04| todays_news_from_uk/northern_ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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