2005年03月12日

「東京大空襲60周年」を伝えるBBC記事。

今年2005年は1945年から60周年に当たる。欧州ではすでにアウシュヴィッツ解放60周年記念式典,ドレスデン大空襲60周年記念式典などが行なわれている。

3月10日は東京大空襲60周年だった。

Tokyo remembers 1945 bombing raid
By Jonathan Head
BBC News, Tokyo
http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/4335101.stm記事は10日の夜に読んだ。イラクでの事件やチェチェンでの事件があったので,読んだ後でURLを控えただけになっていた。

BBCの人が,「東京大空襲60周年」をどのようなことばを使って伝えているかだけ,メモしておきたい。

People in Tokyo have been marking the 60th anniversary of a massive US night-time bombing raid which destroyed much of the city in 1945.
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Several memorial services have been held across the city to remember the more than 100,000 people who died.
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The raid was part of an American strategy to try to wear down Japanese morale ahead of a possible invasion.
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It has remained controversial because of the death toll, but a ceremony expressed little anger towards the US.
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At 1000, Buddhist monks began the mournful service of remembrance in a special memorial hall built in Tokyo's Sumida-ku Ward, which was in the centre of the firestorm caused by the US bombing raid 60 years ago.
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The low-key service was attended by Prince Akishino, second son of the current emperor, and grandson of Emperor Hirohito who led Japan into the Second World War.
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More than 2,000 mainly elderly residents also crowded into the hall, laying bouquets of flowers and lighting incense.
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[Restrained speeches]
Many still have vivid memories of the B-29 bombers flying low overhead dropping the incendiary bombs which turned the neighbourhood into an inferno.
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They recall hellish scenes of people being incinerated as they tried to run, or dying when they threw themselves into the boiling River Sumida.
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The speeches at the service were restrained, apportioning no blame, and referring to the appalling death toll as a tragedy brought on by war.
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There was little anger expressed towards the Americans by the survivors either.
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Most said their experiences that night had simply instilled in them a lifetime passion for peace.
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The city has built a small museum to commemorate the bombing raid and a few monuments.
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But this day is always overshadowed by the much larger events later in the year marking the anniversaries of the two atomic bombs dropped on Hiroshima and Nagasaki.


記事には「大空襲で両親を喪ったハシモトさん」という代替テキストのついた写真があり,そこには
Survivors show no bitterness, only a longing for peace

というキャプションがつけられている。

別に何ということもない,淡々とした記述ではある。

でも私はこの記事に,記者の「意外感」を感じた――「10万人が犠牲となった空襲の記念式典なのに,こんなに地味なのか」という驚きがあるのではないか,と。

首相も来ていないし,外国の人々が招かれているわけでもない。目立つところでは秋篠宮が来ているだけ――ということの「意外感」が,行間にあふれているように思えたのだ。

一方で,「日本人は過去を忘れて水に流すのがうまい」といった“事情通のエセ比較文化論”めいた雰囲気は,私にはまるで感じられない。(そういった“論”を振り回すのは,私の知る範囲では,日本で生まれ育った日本国籍の人ばかりだ。ま,私の世界などごくごく狭いものだが。)

この「意外感」は何だろう――私が勝手に感じているだけであるかもしれないが,取材に訪れた墨田区の special memorial hall(都の慰霊堂だろう)で,このBBC記者さんは,ある種の「居心地の悪さ」を感じていたんではなかろうかと私は思う。

毎年11月,英国は戦没者記念の式典を行なう。その時期に,主要駅の前などで,戦没者追悼のシンボルである赤いポピーの造花を差し出して募金をつのる女性たちがいる。一見,「赤い羽根の共同募金」のようなものだ。けれども,それは人を選ぶ。

90年ごろ,私は11月のRemembrance Dayにロンドンに居合わせた。都心部の地下鉄駅を出たところで,ご高齢の女性が私の目の前に赤い造花を差し出した。私が目を上げると,女性と目が合った。

そして次の瞬間,私の東洋人の――そして,当時としては韓国人や中国人ではなく,また中国系の英国人でもない,明らかに日本人らしい身なりをした私の風貌に気づいたのか,女性は曖昧な微笑みを浮かべて,手を軽く横に振ってNoの合図をして,私の向こう側にいた白人男性の方に歩いていった。

あのとき私が感じた「居心地の悪さ」というものは,うまくことばにすることができない。

女性がああいう行動をとったのは,私が「日本人」だからではなく,「英国人っぽくない」からだったかもしれない。

けれども私はやはり,あの女性は,私が「日本人」だと思ったから,「あなたには用はない」ということを精一杯politeに表現して,歩き去ったのだと思ったし,今もそう思っている。

これは「悔しい」とかいうことではなく,「恥ずかしい」ということでもない。責められたわけでもない。困ったわけでもない。怒ったわけでもない。

ただ単に,非常に「居心地が悪い」のだ。

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さて,BBCがこういった報道をしていることを,日本の時事通信が伝えている記事が,Yahooにあった。
「都民は地獄絵を忘れない」=東京大空襲60年を特集−英BBC
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 【ロンドン10日時事】約10万人の死者を出した東京大空襲からまる60年を迎えた10日、英BBC放送(電子版)は同空襲の特集を組み、「都民は地獄のような光景を忘れていない」などと報じた。
 BBCは、米軍のB29爆撃機が飛来して焼夷(しょうい)弾を投下し、町が火の海になったことを今も多くの人が鮮明に覚えていると指摘。さらに、都民はこの日、「人々が火だるまになり、煮えたぎった隅田川に飛び込むという地獄のような光景」を回顧したと伝え、東京で多くの追悼集会が開かれたことを紹介した。 
(時事通信) - 3月10日23時1分更新


内容的には上記BBC記事のことを指しているように見えるのだが,上記BBC記事の,expressed little anger(怒りはほとんど表わされていなかった)とかいった表現との落差があまりに大きく,しばらく唖然となっていたわけだが,もしかしたら上記の記事のほかにも何か出ていたのかもしれない,と,検索をしてみた。

んにゃ。3月10日のTokyoの記事はこれだけですがな。
(↓検索結果画像)
tokyo.gif

この時事通信記事,「『都民は地獄のような光景を忘れていない』などと」の「など」に含めた範囲が多すぎませんでしょうか。to say the least.

あと,記事1本なら「特集」は組んでないんではないかと。記事があったのかもしれないし,「特集」もその日は出ていたのかもしれないけど(私が見落としただけで――10日はほんといろいろあってもう)。

ちなみにBBCの「アジア・太平洋 Asia-Pacific」ページで現在「特集」が組まれているのは,中国です。Changing Chinaってタイトルを立てて,in_depth/asia_pacific/2004/china/のディレクトリでやってます。(BBCのウェブ版の「特集」はin_depthのディレクトリにあるものを指すのだと私は認識しています。)

ともあれ,BBCのこの「静かさ」は,2月のドイツのドレスデン大空襲の式典の記事と対置すると,より際立つ。

むろん,ドレスデンは英国が直接関わっているのだから,英国ではなく米国が行なった東京大空襲とは,英国が立ってる位置が異なる。ドレスデンは英国にとっての「広島・長崎」のような――あるいはそれ以上の存在だ。(英国の今の王室が元々「ハノーヴァー朝」であったように,ドイツとのつながりは深い。)よって単純な比較はできないことは確かだ。

BBCでは,ドレスデンの記事の「全37件」のうち「7件」が「大空襲60周年記念式典」についてのものである。8件目の2004年11月のものも,「英国が爆撃して破壊したドレスデンを女王が訪問」というシンボリックな行動についての記事だ。
dresden.gif

私は2月の時点でドレスデンの記事をいくつか読んでいたから,東京の記事を読んで,上にだらだらと書いたようなことを感じたのかもしれない。

BBCのJonathan Head記者は,木造家屋がめらめらとよく燃えるように開発された爆弾を,「一般住宅も軍需工場の役割を果たしている」と理屈づけて,雨のように降らせた米軍指揮官が,戦後日本国政府から勲章を授けられていることを,知っているだろうか。(知ってるだろうな。多分。<根拠なし)

■トラバ:
3月10日の東京大空襲で思い出すこと(ウツにウツツさん)
――うちの母親は昭和20年にはまだ記憶がつかないくらいの年齢で,しかも山の中の村に住んでいたので空襲の記憶はまったくないと言う。それでも,戦後何年か経って,山の変電所のわきで,不発弾を見たことがあるそうだ。父親(故人)は,東京ではないのだが,大空襲を受けたある都市にいて,お母さん(私の祖母:故人)に抱えられて用水路の中を歩いていた記憶があると言っていた。

■資料:
東京大空襲
――「東京大空襲」でググってトップに来ていたページ。

東京大空襲
――松山大学の田村さんのサイト記事。「2005年は〜の○周年」一覧もある。

Remembering the Tokyo Air Raid by ADAM LEBOWITZ
――日本大学で教鞭をとるLEBOWITZさんの記事@counterpunch。ジョン・ダワー,早乙女勝元といった名が。

The Japanese Mission
――日本の「風船爆弾」と1942年4月の空襲について。

■横道:
数年前,米国東海岸からの訪問者を案内して東京観光をしたことがある。当然のことながら浅草に行ったわけだが,彼らは本当に気持ちのよい人々で私は彼らのことに好感を持ったのだけれども,それでも,浅草寺の本堂が作られてから数十年しか経っていないのはなぜかという理由――むろん東京大空襲で焼けたからだが――にはまったく興味を示さなかった,というかむしろ「聞きたくない」という態度をあからさまに示したことには,不快感すら抱いた。ぶっちゃけ,「数十年なんて古くないでしょ。東海岸にはもっと古い建物がいっぱいあるよ」と言われて,ちょっと待てと言いたくなった(実際言った-- it's not about how long THIS builiding has been hereと)。How oldってあっちから訊いてきたんだけどね。何だこいつ,被害のことばかり言うのかみたいな空気になって(「ばかり」というか「被害のこと」の話にならざるを得なかったのだけどね),少し気まずくなった。
posted by nofrills at 01:15| todays_news_from_uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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